ノンアルコール・モヒート!(6) 連絡先を交換して暫く。返事のメールをして以降、彼からメールが来る事はなかった。俺からも、してない。元々、細々したメール連絡とかはあまり得意ではない。けれど、藍湛から連絡がない事は少し気にしていた。
藍湛も店には来るし、普段と変わりない。だからそんなに気にしないように心掛けていた。
そんなある日。オープン前の業務を終えてバックヤードにモップを片付けに行った時。スマホがメールの着信を告げる。手に取り俺は、固まった。
『きみに、逢いたい』
送信元を確認すると、きちんと藍湛だ。何度も確認し、迷惑メールの類でない事を確認する。すると、もう一件続けて来た。
『すまない、忘れて欲しい』
いやいやいやいや、忘れられるはずがない。少し悩んでから返事をする。
『今日、休みだから店に来て欲しい。鍵を掛けておくから着いたら連絡してくれ』
今日は不定休日にしようと決めて送信した。少しして、返事が来た。
『わかった』
速くなった心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸する。突然どうしたと言うのか。何かあったのだろうか。心配になりながら、店内に戻る。
藍湛が来るまで手持ち無沙汰となり、チーズを出して赤ワインをグラスに注ぐ。一番奥の、いつも藍湛が座る席。
いつも姿勢正しく、グラスを撫でる癖がある。アルコールが飲めなくて、今の時代に驚く程に純粋な彼を想う。想いながら、グラスの赤ワインを飲み干した。
こんなに誰かを想い、求めたのは初めての事だった。まるでカラカラに乾いた砂漠に吹く風みたいに、痛い。
程なくして、置いておいたスマホが鳴る。電話だ。藍湛からだった。
「もしもし、藍湛。お疲れ様」
「魏嬰……お疲れ様。随便の前に来た」
「了解、今開ける。」
カウンターから立ち上がり、赤ワインとチーズを隣の席に移動させてから扉に向かう。鍵を開けて、ベルを鳴らしながら扉を開く。
少し疲弊した、藍湛の姿があった。店内に促すと、再び施錠する。カウンター内に入ると、藍湛はいつもの席ではなくテーブル席に座った。
「どんなの飲む?」
おしぼりを手渡して、問い掛ける。どうにも今日の藍湛は心ここに在らずと言った状態で、心配になる。何かあったのだろうが、無理に聞く事も出来ず笑顔を向ける。
「……初めて、君が私に飲ませてくれた…チャイナブルーが飲みたい」
藍湛から、ノンアルコールカクテルの名前で注文を受けたのは初めてだった。名前は教えたりしていたし、覚えていたのかもしれない。
「了解」
カウンター内に入り、チャイナブルーを作る。淡いブルーの、綺麗なノンアルコールカクテル。それをテーブルに置いてやる。
「向かい、いい?」
「うん」
一応、許可を得てから向かいにチーズと赤ワインを持ってくる。チーズの包装を開けながら、ちらりと盗み見る。やはり、何か思い詰めたような…苦しそうな表情。
「………何かあったのか?」
話すかどうかを迷っているらしい。それ以上は聞かず、赤ワインをちびりと飲んで別の話題を出すかと思案し始めた所で、藍湛が口を開いた。
「彼らの……初めてこの店に来た時の者達の…話が、聞こえてしまった」
多分、陰口だろう。この純粋な人が、直接的な悪意を向けられ流す事ができないのは想像に容易い。きっと、相手ではなく己を責めてしまう。
「何を聞いた?」
吐き出させようと、先を促す。それが正解なのかはわからない。
「……私は、つまらない人間だと。出生した先が藍家でなくては誰も見向きもしない、……」
それ以上な言葉にならなかった。深く息を吐き出してチャイナブルーを一口飲んだ。
「…あいつらはさ、友達じゃないんだろ?俺は藍湛と居て楽しい。もっと話したいと思うし、一緒に居たいと思ってる」
励ましの言葉のつもりが、本心になっていた。不安げな瞳に、力を込めた眼差しを返す。
「友達の言葉と、ただの同僚の奴らの言葉、どっちを信じる?」
暫く悩んだ後で、藍湛はゆっくり答えた。
「君の言葉を……信じたい」
それを聞いて破顔する。すぐには無理でも、少しずつそう思ってくれるのが嬉しい。思わず手を伸ばし、よしよしと頭を撫でる。
驚きに目を見開かれる。しかし手を振り払う事はしなかった。
「よし!じゃあ、今夜は飲もう!」
藍湛のチャイナブルーも少なくなってきた。もう一杯作ろう。そうだ、酒を飲ませてやろう。藍湛はきっと、俺がノンアルコールカクテルを作ると思っているだろうけど。
職業柄、どんな酔っ払いの相手もできる。吐こうが喚こうが、例え暴力を振るわれても対処できる。その自信があった。もしかしたら鬱憤を吐き出してくれるかもしれないと思ったから…
「今夜は、モヒートっての作ってやるよ」
カクテル言葉は『心の乾きを癒して』なんて、俺の気持ちそのまんま。藍湛と出会ってから、心が乾いて仕方ないんだ。言えないから、カクテルで伝える。
二つ、同じものを作ってテーブルに運ぶ。両方アルコール入りだと言う事を、藍湛は知らない。
「俺の……気持ち込めたからさ。これ飲んで元気になってよ」
祈るように告げた言葉を、どう受け取っただろう。藍湛は、疑う事なく、そのグラスを手に持った。
「乾杯」
「………乾杯」
そうして、彼はグラスに口を付けて飲んだ。