知らぬが仏『明日ね、お月見なの!!ピッコロさんも来てくれる?』
昨日嬉しそうにはしゃいでいたパンが隣で小さく俯いてしょげるのを見て、ちらりとビーデルを見る。
「悟飯は」
「なんかね、さっき突然騒ぎながら部屋に篭っちゃったの。すぐ行くからとは言ってたんだけど」
修行場近くの小高い丘の上に遠足用のシートを引きながらビーデルは困ったように眉を下げた。
パンはぎゅっと俺のマントを掴んで、また寂しそうに足を揺らす。
金色に輝く満月はもうすでに頂点の半分程まで昇り、今まさに絶好のタイミングを迎えようとしているのにも関わらず、あの男は。
まったく、と半ば舌打ちのように呟いて、パンの頭をぐしゃりとかき混ぜた。
「待っていろ。俺が連れてきてやる」
「ほんと?」
「ああ」
少しだけ嬉しそうに顔を上げたパンに、にっ、と笑みを返し、宙に浮く。
最速で悟飯の家に着くと、窓も開けたまま、がたがたと慌ただしく走り回る悟飯がいた。
「おい」
俺の声掛けにも気づかず、棚を覗き込んだり、本を放ったりする悟飯の首を引っ捕えると、わっ!と叫び声を上げて動きを止める。
「び、びっくりした。ピッコロさん…どうしたんですか?お月見に行ったんじゃ…」
「どうしたじゃない!お前は何をやってるんだ」
「あ!そう!そうなんです!これ!!」
またばたばたと積まれた本の奥から大きな水槽を持ち上げると、その中にはこぶし大の蟻がいた。
「こないだ言ってた金色になる蟻です!研究のために捕まえて飼ってたんですけど、ほら!これ!今日の月の光に当たったら急に大きくなって、毛も生えてきたんです!」
いつぞやのように、怒鳴り飛ばそうとしていた言葉が喉に詰まる。
それは、と呟くと、悟飯は俺が興味を持ったと思ったのか興奮した様子のまま話を続けた。
「凄いですよね!サイヤ人と似通ってると思ったけど、これ、なんでしょう?結構個体差もあるみたいで。ほら、あっちのは僕の腕ぐらいあるんです!」
「お、おい。そいつは尻尾とかないのか…」
「尻尾?あぁ、確かにないですね。純粋なサイヤ人にはありますもんね」
それも書いとかなきゃ、とメモを取る悟飯を他所に俺は焦っていた。
尻尾がないなら方法は一つしかない。
「……悟飯。早く支度しろ…」
「え、あ、はい。そうですね、すいません、後にします…」
「ああ。月見ができるのは今夜が最後かもしれん」
え?と首を傾げる悟飯を他所に、俺は月がなくなった事に気づいたパンへの言い訳を考える。
あまりに綺麗なその満月を見上げて、その輝きを目に焼きつけておくことにした。