自己肯定感の低い監督生とフロイド俯いたままどうすることもできない感情を吐き出すように夕暮れに染まる教室の片隅で誰にも見つからない様に膝を抱えて、深く、深く溜息を吐いた。
キラキラと輝く様に楽しそうに、自由に過ごすその姿に、私の視線は奪われた。
フロイド・リーチ先輩。一つ上の学年の、クルーウェル先生曰く『問題児』な先輩。あの人は何でも持っている。唯一無二の兄弟であるジェイド・リーチ先輩。幼馴染で友人のアズール・アーシェングロット先輩。クルーウェル先生に『問題児』と言われながら、その反面『天才肌』と言わしめる頭脳。
飛行術は苦手らしいけど、運動神経に優れ、整った容貌を持ち、魔力もピカイチ。
それに比べ、私は…家族無し。友人、数人。頭脳、赤点ギリギリの底辺。運動、苦手。容貌、地味。魔力、皆無。比べるのも烏滸がましいレベルだ。
気が付いたら、魔法のあるこちらの世界に迷い込んでしまった私。それでも頑張ってきたのだ。ボロボロの廃墟と同列の寮で寝起きし、追い出されないように学園長から指示された雑務を日々こなし、無理矢理相棒にされた魔獣の親分の面倒を見て、基礎知識もないこちらの世界の勉強に喰らい付き、それでもテストは赤点や赤点ギリギリの最底辺。
頑張ったのだ、寝る間も惜しんで図書館から借りてきた本を読み漁り、足りない基礎知識を出来の悪い頭に叩き込んだ。そうしてホリデー前のテストでは赤点を回避したのに…平均点が高すぎて、私の点数はやはり最底辺だった。
「…もう…疲れちゃったな」
頭にイソギンチャクを生やした、数少ない友人達を助けようと奔走して、三度目のオーバーブロットに立ち合い、何とか収め、アトランティカ記念博物館から戻ってきた私を待っていたのは学園長からの呼び出しだった。
今回の私のテストの点数が低すぎだと𠮟責されたのだ。平均点も取れないなんてと詰られ、頑張っていた私の心がパッキリと折れてしまったのだ。今回のテストはアズール先輩の虎の巻を使って点数が底上げされたものだと学園長も知っているはずなのに。
「…頑張ったん、だけどなぁ」
ほたほたと頬を涙が滑り落ちて行った。アズール先輩にも「そんな点数でよく平気でいられますね。信じられません」と言われた。これでも頑張ったのだ、そう言いたくてもテストの点数が低かったのは変えようもない事実だった。
「…帰りたいな」
自分の家に帰りたかった。大好きな両親の所に、仲良しの友達の所に。ここは不思議なものが沢山で面白いけど、私の居るべき場所だとは思えなかった。
温かいご飯が食べたい、ふかふかのベッドで眠りたい。大好きで大切なものは全部ここには無い。
ほたほた、ほたほたと涙が後から後から溢れて止まらなかった。
「…おか、あさん…おとう、さん…」
今まで口にしてこなかった両親を呼ぶと、もう、ダメだった。膝を抱えて顔を埋めると今まで我慢してきた分、涙と嗚咽が止まらなかった。
膝に顔を埋めて泣いていると、閉まっていた窓に何かがぶつかる音がして、顔を上げると同時にガシャーン!と窓ガラスを割りながら何かが教室内に飛び込んできた。
避けることも出来ず、飛び散ったガラスの破片に頬を切られ、悲鳴を上げる。飛び込んできた影がジャリジャリとガラスを擦り合わせながら起き上がると、低い機嫌の悪そうな呻きを発した。
「…ってェ」
聞き覚えのある声だったが、とてもとても声を掛けれるような雰囲気ではないと、私はバクバクと激しく脈打つ心臓の音を押さえるように胸元のシャツをギュッと握りしめた。
ジャリッと音を立てて立ち上がったスラリとした身体から噴き出るような不機嫌オーラにジワジワと冷や汗が滲んだ。さっきまで家族が恋しくて泣いていたのに、今では別の意味で泣きそうだった。
「あ~…マジでムカつく」
近くにあった机をガンッと長い脚で蹴り上げた音にビクッと身体が跳ね、知らず知らずの内に小さく悲鳴を上げた。
「んぁ? だぁれ~?」
「………」
幸いなことにフロイド先輩からだと小さな私は机の陰に隠れて見えにくくなっていたらしい。このまま黙っていれば見逃してくれやしないかとキュッと唇を噛み締めてガラスの散った床をジッと見下ろした。少しでも動いたらパクリと食べられてしまう気がしたのだ。
「ちょっと~、隠れてんの~? めんどくせ」
ジャリジャリとガラスを踏みしめながら遠ざかる気配にホッと胸を撫で下ろすと、何の前触れも無く身体がフワリと浮かび上がった。
「へ?」
「あはァ、なーんだ。小エビちゃんじゃ~ん♡」
フワリと浮かび上がった私の身体は教卓に腰かけたフロイド先輩の目の前まで無慈悲に連れて行った。慌てて逃げ出そうと暴れるが、浮かび上がった状態で暴れても意味が無かった。為す術も無く教卓まで運ばれ、フロイド先輩の目の前に落とされた。
「きゃん!?」
「ふは、なぁに今の~ウケる」
お尻を強かに床にぶつけて悲鳴を上げるとフロイド先輩はケラケラと楽しそうに笑った。けれど纏った雰囲気は未だに鋭さを纏っていて、ヒヤリとした空気に口を噤んだ。