朝。
ルークは洗面所へ向かう。
欠伸をかみ殺して夜の間に伸びた髭を剃りながらふと疑問に思った。
──チェズレイって、髭生えるの?
朝食時。
隣に座るチェズレイの鼻の下と顎をじっと眺める。
「おや、私の顔に何か?」
「いや、なにもついてないよ!」
朝は駄目だ。そもそも自分だって処理した直後で髭がないのにチェズレイの髭が見れる訳がない。
視線をほんの少し上げるとチェズレイが微笑んで、ルークの顎に手袋越しの人差し指を触れさせた。
びくりと体がはねる。
「……ボス、剃り残しがありますよ。お気をつけください」
「…あ、ありがとう…。気をつけるよ」
夕方。
外出先から戻ったチェズレイの元に駆け寄る。
「お帰り、チェズレイ」
「ただいま戻りました、ボス」
じっと顔を見詰めること3秒。ルークにはよくわからない。生えていないのか、薄いのか、髪色と同じく淡い色だから気にならないのか、それとも外で剃ってきたのか。生えていないように見えるが定かではない。
「今日のボスは熱烈ですねェ。 ハグをしても?」
「っ、うん!」
ハグの距離なら見やすいだろう。
優しい抱擁に包まれながら、顎を見詰める。
「……ボス、そんなに恋しかったのですね。お待たせして申し訳ありません」
顎に手をかけられ、ほんの少し上を向けさせられたと思えばすぐに唇が重なった。どうしてハグは許可を取るのにキスはそうしないのか。
もう観察どころではなかった。
夜。
目で見て分からないなら触れれば良いのだと思い至った。
ベッドで抱き合って、それからチェズレイの頬に触れる。
「チェズレイの肌、すべすべだよなぁ」
「お気に召したならなによりです」
頬も顎も、鼻の下も。どこもかしこもさわり心地が良い。
やはりチェズレイに髭は生えないのか。
「ボスもしっかりケアすればすべすべになりますよ」
その言葉で気付く。
今は風呂上がり。それなら剃ってきたばかりかもしれない。
やはり勝負は明け方、チェズレイが起きる寸前しかない。
決意をしたところで唇が重なった。
「今は考え事をしないで私に構ってくださいませんか」
アメジスト色の瞳の残像を残して目を閉じた。
翌朝。
鳥の声が聞こえる。
隣が温かいからまだチェズレイはベッドにいる。
今がチャンスだ。
ルークが身体を起こそうとした時、少し上から声がかかった。
「おや、今日はお早いのですね」
「…もう起きてたの?」
ベッドで上体を起こしていたチェズレイと、仰向けに寝転んだまま視線を合わせた。
「ええ、ボス。 …おはようございます」
「うん、おはよう…。 ……チェズレイ、起きるの早くない?」
部屋の掛け時計を確認すれば、まだ夜明けからそう時間が経っていない。
「眠るボスを見ていたかったので」
柔らかく微笑む目元にはもう蝶の模様が描かれている。
当然、顎にも鼻の下にも剃り残しなんてあるはずもなく。
「…楽しいか? それ。」
「ええ、とても。 せっかく早起きしたのなら、朝の運動でもなさいますか?」
「え、あの…?」
「仰りたいことがあるなら遠慮なくどうぞ」
チェズレイが昨夜最後に着せられたパジャマのボタンに手をかけた。
「…ええと、……お手柔らかに…」
「フフ、善処しますね」
「……聞いてくれれば答えるんですが、ねェ…」
チェズレイにとって髭の有無なんて秘密にしている訳でもないが、聞かれなければ自分を見詰める視線を逃す理由なんてない。
さて、次に視線を感じたときはどうやって躱そうか。
達した疲れから二度寝を始めた恋人の頭を撫でながら思案を巡らせた。
後日、明け方。
隣で眠るチェズレイがまだ眠っている。
仰向けで眠るその姿は完璧な美のバランスだ。
顔を上から覗き込む。綺麗で、目が離せない。
隠されていない痣だって、自分だけが見れる愛しいもの。ついでに夜の秘め事を思い出すものでもある。
しばらくの間、閉じた瞼に見惚れていても起きる気配はなかった。
はたと目的に気付いて顎や鼻下も確認したが、見た限りでは髭の存在は確認出来ない。
やはり生えないのだろうか。
そっと人差し指で頬に触れる。手に吸いつくようなきめ細やかな肌だ。
そこからゆっくり顎へと指を滑らせれば、今度こそ分かる。
ごくりと息を飲んだ瞬間、頬に置いた手に暖かいものが重なった。
チェズレイの手だと分かった瞬間、首の後ろにも手がまわる。
「わっ」
引き寄せられて、そのまま酸欠になるほど深いキスを交わす。
「ボス、寝込みを襲ってきたのですから、覚悟はよろしいですね?」
「……もしかして、起きてた?」
「さあ、どうでしょう」
ああ、やっぱり今日も確認できない。