夜が明けてすぐ、目覚ましの音もしないうちにベッドを降りた。
新しいベッドは成人男性が二人寝ても余裕があるほどの大きさで、降りるときも音を立てない。
顔を洗って、着替える。ネクタイは意識しなくてもつけられるが、ガンホルダーの調整は念入りに。
最後にトレードマークとも言える外套を羽織る。
家を出る前に玄関の傍の全身鏡に向かってくるりと一回転。
シャツのボタンもずれていないし、もう寝癖もついていない。
腕輪も腕時計もばっちり身につけている。
他には問題はないと確認をしてひとつ頷く。
「行ってきます」
返事が返ってくる訳もないと言うのにいつものように呟いて、そっと家を出た。
人の気配がしない細い道で立ち止まり、振り返る。
すぐ近くでこちらを見ていた男に問う。
「……あの、どうかしましたか?」
「………っ…」
「なんでも……ない訳ありませんよね。そんな物騒な物を持って」
ナイフを持った手を蹴り上げ、そのまま拘束する。
もみ合いになった時、元々切れかけていた外套のボタンが飛んだ。
「いつも僕の事見ていましたよね。僕、何かしました?」
「アニキを返せ」
「捕まるようなことをしたのが悪いんだろ」
「お前がいなけりゃ」
「腹いせに僕の事をどうにかしようって? そんなの、許せるはずないんですよねェ」
辺りの温度が下がったような気がした。
ナイフを持っていた男に何かをささやく。
歌うような声で響くのはルーク・ウィリアムズではなくチェズレイ・ニコルズの声。
暴れていた男はすぐ静かになった。
「……お前さん、ほんっと過保護だよね」
「ええ、モクマさん。恨みから妙な欲を拗らせた下衆なんて、ボスの目に入れるようなものでもないですから」
「……これくらいルークも対処できると思うんだけど」
「私が見せたくないので。では、後はよろしくお願いします」
「はいよ」
意識を失った男の処理を相棒に任せると出てきたばかりの家への戻る。
変装を解いて、食事を用意し、未だ眠るその人のいるベッドに腰掛けた。
髪を撫でた感覚で起きたルークが一気に身を起こした。
「………っ、今何時!?」
「おはようございます、ボス」
「おはよ、チェズレイ。じゃなくて、遅刻。今日早い日だから」
「大丈夫ですよ。今日は代休になったと言っていたじゃないですか」
ベッドボードに置かれた目覚まし時計を手渡す。長針も短針も随分と高い位置にある。
「…そうだった……。いや、休みにしたってこんな時間?」
「お疲れのようでしたので起こしませんでした」
「……お疲れの…って、誰のせいだと」
「ボスがあまりにもスイートだったせいですねェ」
キスを贈って、それから至近距離で微笑む。この顔に弱いことくらい把握している。
「…………まあ、寝れたのはありがたいんだけど」
「もうブランチの準備は出来ていますよ。動けないようならこちらに運びますが?」
「起きれるってば」
眉間に皺を寄せながらもベッドから降りる様を見ながらひとつ頷く。
「……なるほど。あの程度ならまだ動く余裕はある、と」
「…………ん?」
ふと寒気を感じたルークがクローゼットを覗き込んだ。
何か昨日と違う気がしたものの、特におかしなところはなかった。
まあいいか、と着替えを取り出した。