謎の遺跡 SIDE:大勇者&武人(ハドアバ) 突然現れた謎の遺跡を調査して欲しい。そう請われた大勇者アバンは、自らの弟子である使徒(と何故か当たり前のように混ざってきたパプニカの王女レオナ)と共にその地へ向かった。また、向かったのは彼らだけではない。彼らと共闘する形で、ハドラーとその配下である親衛騎団もその地へ足を踏み入れている。
どう考えても過剰戦力であろう、というのが皆の共通認識だった。「このメンツで行くとか、無駄に豪華すぎません?」と正直に口にしたのはポップ。その言葉を否定することは誰にも出来なかった。
それでも、人知及ばぬ謎の遺跡の出現とあっては、念には念を入れてということなのだろう。とはいえ、誰も何も心配してなどいなかった。戦力としても、知識としても、何一つ不安要素などない12人なのだから。
……そう、彼らにとって唯一の誤算は、遺跡に足を踏み入れた瞬間に強制転移の罠によって全員がバラバラの場所へと飛ばされたことである。防ぐことが不可能なそれは目映い光で彼らの視界を埋め尽くし、そして、この遺跡の各所へと彼らを転移させたのだった。
「……一歩遅かったようですねぇ」
「そのようだな」
困ったように息を吐き出したアバンに答えるハドラーの声も、少しばかり沈んでいた。彼らの足下には五芒星が輝いている。その星を描くのはアバンが投げたフェザーであり、フェザーが増幅したのは害なす術式を押さえ込む破邪呪文だ。
転移の罠が呪法の一種であると察したアバンが咄嗟に行動を起こしたのだが、流石に間に合わずに罠を防げたのは彼ら二人だけという状況だった。術者のアバンと、最も近い場所にいたハドラーだけが転移に巻き込まれずにその場に留まっていた。
「皆、大丈夫でしょうか……」
「奴らがそう簡単に敗れるとも思わんがな」
「確かにそうかもしれませんが、どういう状況下にもよるでしょう」
少しは頭を使ってくださいと、アバンはハドラーに辛辣に吐き捨てる。可愛い弟子達を目の前で転移の罠にかっ攫われて、いささか気が立っているのかも知れない。……いや、気が立っているわけではない。アバンは基本的に、ハドラーの扱いが雑なのだ。
敵対していた頃はそうではなかった。敵でなくなったときから、アバンはハドラーを雑に扱うようになった。親衛騎団には親身に接するというのに、最も付き合いの長く深いハドラーに対してはどこか適当なのだ。
元々、魔王と勇者である。親しく仲良しこよしをやることもないし、ハドラーは気にしていない。また、周囲もハドラーが平然としていることから気にとめることはなかった。
ただ、アバンがどうしてハドラーを雑に、適当に扱うのかという理由を、ハドラーだけは察していた。そういう風に扱うことで、距離感を図っているのだ。気を抜けば、宿敵として、魔王と勇者という一対としての認識が、彼らの距離を狂わせる。
魔族であるハドラーは別に、その程度のことを気にしない。魔族にとっては、感情の種類と順位は全てごちゃ混ぜだ。どのような感情であろうと、最も強い感情を抱く相手が頂点に立つのは当然のこと。その感情の種類が、何であれ。
しかし、人間は違う。人間で、かつての勇者で、勇者達の師であるアバンの立場で、表に出せないアレコレは多すぎるのだ。
(相変わらず、望んでしがらみに縛られる男だな……)
その愚かなまでの愚直さも、憐れなほどの誠実さも、ハドラーには見慣れた姿だった。人間の中で、人間を愛し、人間に愛されるように生きようとする姿は、いっそ滑稽だった。努力しなければそう生きることすら許されない、人を逸脱するギリギリの場所で存在する傑物だからこそ。
思っていても、ハドラーはそれを口に出すことはない。口に出せばアバンの機嫌を損ねることが分かっているからだ。そんなくだらないことで時間を無駄にするつもりはなかった。
「とりあえず、奥を目指しながら皆を探しましょう」
「まぁ、それが妥当だろうな」
「脱出が出来ないと困りますから、道はしっかり覚えていかないといけませんね」
そういう意味では、入り口からスタートする彼らは楽だった。何かあれば元来た道を引き返せば良いのだ。あとは、分岐点を間違えずに覚えておくだけだ。
その手のことは、アバンが得意だった。元来学者肌であるからだろう。記憶力はよく、一人でダンジョンの潜って無事に生還するという離れ業をやってのける男である。あの破邪の洞窟で人類最高記録を打ち立てたような男なのだから。
並んで歩く二人の姿は、どこまでも普通だった。どんな罠が待ち受けているか分からない場所を歩いているという割に、普通なのだ。交わす会話にも気負いはない。
「転移罠っぽかったですけど、バラバラなんですかねぇ」
「どういうことだ?」
「いえ、一人よりは複数で固まっている方が安全なので、せめて二人一組とかだと安心だなと思いまして」
「組み合わせにもよると思うが」
「……」
身も蓋もないハドラーの言葉に、アバンは黙った。反論も悪態もなかった。その可能性は彼もちょっと考えていたらしい。
戦力バランス的に良い感じに振り分けられてくれるならば、こちらも安心できる。そうであってくれと願うだけである。そういう意味では、彼らはある意味で最強の組み合わせだった。互いの手癖さえ覚えている宿敵同士である。
「まぁ、ここで話していてもどうにもならん。先へ進むだけだ」
「そうですね」
ハドラーの言い分に素直に同意して、アバンも足を進める。足音が反響する中を、彼らはゆるりと歩いている。ここで急いだところで意味は無い。遺跡の全貌が分からない以上、体力は無駄にすり減らすわけにはいかないのだ。
特殊な石なのか、ぼんやりと一面が光っている。眩しいわけではなく、暗いわけでもない。歩くのに丁度良いぐらいの明るさだ。たいまつを持たないで良いのは、何気に楽だった。
特に問題もなく進んでいたのだが、通路から大部屋に足を踏み入れた瞬間に事態は急変した。装飾品よろしく並んでいた鎧騎士達が、一斉に彼らに向かって攻撃してきたからだ。
しかし、その襲撃に動じる二人ではない。それぞれ、眼前に迫る敵を容赦なく打ち据えるだけだ。今後の戦いを考慮して、どちらも大技は使わない。最低限の労力で敵を倒そうとしている。
その最中、不意にハドラーの視界を敵の構えた刃が横切った。その刃の向かう先は、振り返りもしないアバンの首筋だ。考えるよりも先に刃を受け止め、へし折り、ハドラーは敵を粉砕する。
……やはりアバンは、振り返らなかった。
そんな波乱も含みつつ、彼らは問題なく鎧騎士達を倒した。ぐるりと室内を見渡しても、特に変わった仕掛けは見当たらない。ぽつんと空いた穴が道順を示すようにあるだけだ。
「どうやらまだ一本道のようですねぇ。楽で良いですけど」
のほほんと告げて、アバンは次の通路へ向けて足を動かす。その肩を、ハドラーが掴んだ。大きな掌で掴まれて、アバンはぴたりと動きを止める。
「何ですか、ハドラー」
「貴様、さっきのアレは何だ」
「はい?何のことです?」
「とぼけるな。まさか背後からの攻撃に気付かなかったとは言わせんぞ」
苛立ちを隠しきれないハドラーの言葉に、アバンはぱちくりと瞬きを繰り返した。眼鏡の向こう側でわざとらしく丸くされた瞳。それがハドラーには作り物めいて映る。出来の良すぎる仮面のように。
アバンもそれは理解しているのだろう。すぐにいつもの表情に戻り、そして、……眼鏡の奥の瞳をすぅっと細めた。
「貴方の方が近かったじゃないですか」
「……あ?」
「私が振り返って迎撃するよりも、貴方の方が近いですし、反応するのが分かっていましたからね」
それだけですよ、とかつての勇者は笑う。当たり前のように己の背中を宿敵に預けてみせたのだ。その力を誰より知っているからこそ。
本当に、ただ、それだけなのだろう。適材適所。動ける者が動けば良い。より効率的に戦うための、ただそれだけの判断。そう言いたげなアバンの顔を凝視して、ハドラーは小さく唸った。
「ハドラー?」
不思議そうに首を傾げるアバン。己より随分と小柄な宿敵を見下ろして、ハドラーは口元を掌で覆った。だが、こみ上げる笑いを堪えきることは出来なかった。
本当にこの大勇者は、宿敵は、ハドラーを楽しませてくれる。かつての関係を引きずりながら、互いの存在をあの頃のように己の内側に刻みながら、こんな風に言ってくるのだ。懐に入れたわけではない。だが、戦場で背中を託すには値する、と。
信用でも、信頼でもないのだろう。ただ、知っているだけだ。相手の能力を知っているからこそ、この程度のことは出来るだろう、と。確かにその側面はハドラーにもある。アバンの実力を知るからこそ、下せる判断も多々ある。
だが、人間らしく生きることを己に課しているこの男が、自らそんな風に選択するとは思わなかったのだ。腐ってもハドラーは元魔王である。無条件で人間の味方と言うわけにはいかない。
「貴様は本当に、俺を飽きさせんな」
「何です、それ」
「こちらの話だ」
面倒くさそうな顔をするアバンに、ハドラーは笑う。喜怒哀楽を素直に表現し、無防備な背中を明け渡すようなアバンの行動が、ハドラーには可笑しくてたまらないのだ。
同時にこれが、二人きりだからこそ許された行動なのだと言うことも理解していた。弟子達の前でアバンは、良き師の仮面を被る。先ほどまでのような態度はきっと、見せないだろう。
そう、あの攻撃にしても、同じ事。弟子達がいれば、アバンは自分で対処しただろう。ハドラーが動くのを見越していても、弟子達にいらぬ心配をさせないためにも自分で動く。そういう不器用な愚かさが、アバンにはある。
そして、その面倒くさいところが、ハドラーには面白いのだ。果たしてどこまで彼は、普通の人間らしく擬態して、生きていくのだろうかと。
「その締まりの無い顔、皆と合流するまでにはどうにかしてくださいね」
呆れ交じりに告げるアバンに、ハドラーは頷くことで答えにした。かつての宿敵二人が、こんな会話を交わすようになるなどと、運命は本当に分からぬものである。
そうして彼らは、何食わぬ顔で仲間達を探すため、遺跡の奥へと足を進めるのだった。
FIN