クリスマスディナー オーブンから出されたばかりのラザニアにも、こまかな泡のたちのぼるシャンパンにも、別段興味はなかった。本人が公言している通り、自身の妹とちょっとした占いと賭け以外、フッキが興味関心を寄せるものはほとんどない。マフィアファミリーの闘争に片が付き、大勢でテーブルを囲んでクリスマスディナーという結末を迎えたとしても、彼の気分に特段の変化は起こらなかった。
テーブルの上にどんな料理が並んでいるのかなど、どうでもいいのだ。本当は今すぐ妹のそばに寄り添って、あれこれと世話を焼いてやりたかった。好きなものを皿に取ってやったり、大きなチキンの骨を全部外してやったり。けれど今、当の本人は随分と忙しそうにしていた。サモナーの周りには、腰ほどまでの背丈しかない子どもたちがたくさん群がっている。待ちわびていたクリスマスをやっと迎えることができた子どもたちが、優しい年長者の庇護を受けたいと願うのは当然のことだ。
サモナーは上体を屈めたりしゃがみこんだりして子どもたちと目を合わせ、笑顔であれこれと言葉を交わしたり、望みのジュースや菓子を取ってやったりしている。別の子どもに呼ばれては振り向き、嬉しそうにハグをし、終始楽しそうにしていた。
「あんな子どもたちなど、放っておけばよいのに」
ほとんど初めて会ったばかりの、今日この時まで縁もゆかりもなかった子どもたち。フッキにとっては、捨て置いても構わない存在だ。けれど知らんぷりなどできるはずもないのが妹の性分なのだろう。サモナーの席には、パーティーの初め、乾杯した時にひと口飲んだきりのグラスと、まったく手つかずの皿が残されていた。
「そこが可愛いところではありますが……」
子どもたちとのやり取りがひと段落しないことには、寄っていっても追い払われるだけだろう。なかば諦めた気持ちを抱いてはいるものの、引き続きサモナーに視線を送り続ける。その一挙手一投足を見逃すつもりはなかった。
「ふん、辛気臭い顔してんなァ!」
勝ち誇ったような声が響いて、フッキはあやめ色の瞳をぎろりと巡らせる。見れば斜め向かいの席、ティダが大きなチキンを皿に取って旺盛な食欲を見せていた。
これでも自身の表情筋には気をつけている。妹に構ってもらえない寂しさなどおくびにも出さず、取り澄ました表情をして席についていたつもりだ。そこを見抜く辺り、ひとかどの王の観察眼だった。
ティダはぐいと顎を持ち上げるようにしてフッキの顔を真正面から見据えると、勝ち気な様子で笑ってみせる。挑発的な表情に、フッキのこめかみが小さく脈打った。
「気の休まらねーことだな」
再び自身の手元に視線を落とし、チキンをぱくぱくと平らげていく。何の気も遣っていないようでありながら、彼の所作には粗雑なところがない。王者の気品とか風格というものを備えた少年だった。
「あいつが自分を見てくれるのがいつになるのか、気をもんで仕方ねーんだろう?」
ティダの言う通りだと、認める他なかった。せっかく妹ときょうだい水入らず、楽しく過ごすつもりでいたのに。
「……仮にそうだったとして、それが貴方にとってどうだというんです?」
そんなことを赤の他人からわざわざ指摘されるほど腹の立つこともない。けれど黙りこくって相手を調子づかせるのも癪に障る。吐き捨てるように、簡潔に述べた。
「別に、どうともしねーよ」
ほとんど骨だけになった鶏を、ティダはことりと皿へ置いた。ナフキンで口元を押さえると、真っ向からフッキを見つめる。
「ただオレ様は、お前を気遣ってやってるんだ。オレ様はそんな悩み、感じたこともねーからな。さぞ大変だろうなァってよ!」
ティダは信じているのだ。自らが万民にもっとも愛される存在であると。地上にある者ひとり残らず、ティダの恩寵を、愛を欲し、ティダを最上の存在として讃えることを。そのことを疑う余地もない。それは、フッキにはとても真似することのできない在り方だった。
今度こそ言葉をなくし、ひとり呆然とする。今回のためにあつらえたスーツの、足先が心もとなく寒かった。
無論口は立つ方だ。捨て置かれているのはそっちも同じじゃありませんか、彼女の「いちばん」は貴方ではないのでしょう? と、あれこれ言い返してやることはできた。けれどどんなに言葉でやり込めてやったとしても、本当のことはフッキ自身が一番よく分かっている。
自分は妹に、愛されていないのだ。少なくとも、フッキが妹を愛しているほどには。
「僕は……」
言いかけて、開いた口がそのまま固まる。その先にいったい何を言おうとしたのか、彼自身にも分からなくなっていた。
「ちょっと、お兄ちゃん?」
待ちわびていた声がして、フッキは文字通り飛び上がる。すぐそばにサモナーが立っていて、怒ったような顔つきをしていた。
「もう、こんなところで喧嘩はやめてよね」
眉をしかめて、フッキとティダへと交互に視線を向ける。心がみるみるうちに晴れていくのを感じた。
「喧嘩だなんてとんでもありませんよ! いま彼と少し話をしていただけで……」
口元がざっくりと裂けたように笑う。ことさらに優しい声を作って、けれどいくらも話さないうち、ひっぱたかれるような勢いで別の声が飛んできた。
「ええいうつけ、立つ場所が違うであろう! ここへ来い! オレ様のそばへ!」
ティダは、その瞳を燃えるがごとく輝かせていた。太陽の熱が、いのちの輝きが、全身から溢れ出す。
「ええー……待ってよ、まだみんなにプレゼントが……」
「何をごちゃごちゃ抜かしている! サンタならあちこちにいるだろう! お前はオレ様の元に来るのだ!」
「もう、分かったよー!」
ここぞとばかりに呼びかけるティダに根負けしたのか、サモナーはフッキのそばから離れていく。黒い髪の先がなびいたのが、やたらと目の奥に残った。
「……僕の、可愛い妹」
フッキのかぼそい声がテーブルに落ちる。待ってください、と、呼び止めることはできなかった。
声に出して懇願してなお、妹が他人の元へ行ってしまったらと考えると、ぞっとする。そんな結果はあんまりだった。
「う……ぐ」
握りしめた手の、指輪と指輪がぶつかり合う。がり、と嫌な音が立った。