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    むつき

    @mutsuki_hsm

    放サモ用文字書きアカウントです。ツイッターに上げていた小説の収納庫を兼ねます。

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    むつき

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    シンノウ+ヨリトモ+主人公
    雪山のリゾート施設で軍医するシンノウ先生、グランピングテントを医務室として使っていてほしいという願望

    #東京放課後サモナーズ
    tokyoAfterSchoolSummoners
    #ヨリトモ
    oldFriend
    #シンノウ
    sinnou.

    グランピング医務室 突如として決定した冬のレジャー――ギルド対抗の雪合戦――のため、「臨時」の医務室を用意したと聞いた時には、さてどんなプレハブ小屋か手狭な部屋があてがわれるかと内心身構えたのだ。必要な薬品や機材の詰まった巨大なトランクを携え、指定された場所へ向かったシンノウを迎えたのは、見上げるほどに大きな半球型のドームテントだった。
     真っ白な雪原の中に建てられているはずが、中は驚くほどに温かい。テントの素材がいいのか、焚かれているストーブが強力なのか、あるいはその両方なのだろう。大きなソファベッドやたっぷりとしたカーテン、木製のしゃれた戸棚は、温かな印象を与えると同時に装飾的で、殺風景な灰色の調度品やパイプベッドを見慣れた身には少し戸惑う。やわらかな色合いに灯る照明、心地良さを演出する空間。良くも悪くも、ここはリゾート施設なのだ。
    「おいおい、オレたちは戦争屋だぜ」
     自身の所属を言い聞かせるように、独り言が落ちた。
     とはいえ突っ立っていても始まらない。各陣営はすでにこの施設へ到着をしている。荷物を運び込み、ひと息つけば集合がかかるだろう。ルールが伝えられ、武器――という表現が物騒なら、雪玉をぶつけるための道具――が支給され、戦場という名の雪山へ散らばっていくだろう。
     フルメンバーではないとはいえ、そもそもこちらは戦争屋で鳴らしているのだし、血気盛んな指揮官もいれば上官命令を絶対と仰ぐ参謀も揃っている。戦う相手は人数が多い上、どうやら勇猛果敢な猛者がちらほらいるとの情報を掴んでいる。軍医としての仕事も、程なくして求められるはずだった。
     いつもの道具を机に広げ、消毒のための湯を沸かす。ふと振り向いたコートかけには、先ほど押しつけるようにして手渡されたスノーウェアが下がっていた。
    「医務室にこもっていてもつまらないだろう? 君も是非この戦争に参加してくれたまえ! 雪原を雄々しく駆ける姿を期待しているよ!」
     朗々と告げ、割れるような大音声で笑ってみせたテスカトリポカの言葉が思い出される。
     戦争といっても薬にも毒にもならないような、冬の遊戯だ。けれど遊びだろなどと口に出したが最後、可愛らしい顔立ちをした小柄な参謀殿に地獄の炎のような視線を寄こされるので黙っている。遊戯とはいえ戦いであるのなら全力で飛び込んでいくのがこのギルドの流儀だった。
    「どっちみち、じっとしているだけっていうのはな」
     これでも戦地を渡り歩いてきている。医務室を求めてやってきた者たちを保護するのが第一の仕事だが、たまには盛大に暴れるのも悪くないだろう。
     テントの片側には透明なビニールの貼られた場所もあって、窓の役割を果たしていた。日光を反射させる雪の眩しさに目を細めながら外を覗く。なだらかな斜面には、スキーやスノーボードで楽しげにすべる人の姿が点々と散らばっていた。
     テントの外から、か細い声が響く。メインイベントはまだ開幕していないものの、さっそく誰かがヘルプを求めてやってきたらしい。
    「はいよ。シンノウお兄さんならここだぜ」
     たくましい腕に巻きつけた腕章へそっと触れる。声を張りつつ、今日最初の診察をするべく戸口へ向かった。


     ドームテントの外から声が寄こされる。その落ち着き払った響きに、シンノウは自らドアを開けるべく椅子を立った。
    「やあ、軍医殿」
     迷彩柄をしたスノーウェアの、鮮やかな黄色が目に沁みる。音もなく降りしきる雪を背に、苦い顔をしてヨリトモが立っていた。
    「これはこれは、珍しいお客もあったもんだ」
     来客を通すべく、シンノウは一歩後ろへ下がって場所を開ける。おもてのマットでブーツの雪を払って、ヨリトモはしずかにテントの入口をくぐった。
     普段であれば、医務室にはめったに来ない男だ。胃が痛い頭が痛むと悲痛な呻きを絞り出しては各部に手を当てている姿をよく見かけるものの、薬が入り用か尋ねたところでいや結構と首を振るのはシンノウにも分かっている。苦悩の種は明らかで、だから原因が離れていきさえすれば直に落ち着くことは知っていた。廊下の向こうへふらふら消えていく後ろ姿を見送っては、お気の毒さまとこっそり呟いた日は記憶に新しい。
    「それで閣下。どこか具合でも?」
    「いや、小生がどうというわけではないのだがね」
     言葉を切ったヨリトモは、室内を検分するようにあちこちへと眼差しをすべらせる。やわらかな絨毯は毛足も長く、地の厚いカーテンはたっぷりのドレープを作っている。戦場の端にある医務室にしては緊張感に欠ける内装だが、自然の中のリゾート施設ということで大型のグランピングテントを借りているのだから無理もないのだった。
     テントとはいっても上等なそれで、隙間風も吹き込まなければ薪をくべたストーブも置かれている。クッションを積み重ねた大きなソファへ体を沈めれば、なかなかどうして快適な空間といえた。
     急ごしらえの医務室だが、茶や菓子の用意はある。まずは腰を落ち着けてもらうべく促すも、ヨリトモにはその気がないようだった。両手を後ろへ回すと腰の辺りでそっと組む。時に、と呟いた。
    「時に、先ほど我が弟がこちらへ来てはいなかったかな」
    「ああ、そういうことか。そうだな、弟くんは確かに来たよ」
     重々しい調子で頷いたヨリトモは、さらに何か尋ねたがるような顔つきを見せた。
    「閣下が心配するようなことは何もないさ。ここのストーブが強力なのを知っていたらしくてね。ホテルのロビーへ向かうよりも、こっちの方が近いだろう? だから戦闘が終わった後でちょっと手足を炙りに来たと、それだけのことだ」
    「なるほど。特に怪我などしたわけではないということなのだな」
    「もちろん。閣下の弟くんは元気そのものだ」
     報告を受けたヨリトモはこころもちうつむき、ひっそりと苦い笑いをこぼす。ビニール素材を貼って作られた窓越しに射し込む薄日が、その目元に淡い影を落とした。
    「心配などするだけ無駄だ。……いつものことだったよ」
     シンノウは返事をしなかった。そもそも独り言めいたそれに相槌を打っていいものかどうか判断がつかなかったし、やすやすと同意も示せない。複雑極まりない感情を抱いてサモナーを見つめているのは、ヨリトモただ一人だった。
    「邪魔したね。勤めに戻ってくれたまえ」
     ものやわらかな口ぶりで告げると、ヨリトモはテントの外へ出ていった。専用のブーツが厚く降り積もった雪を踏みしめ、かすかに軋むような音を立てる。それがだんだんと小さくなっていくのを確かめたシンノウは、大きく鼻を鳴らしてため息をついた。
    「気になるなら本人に尋ねればいいのにな……。まったく、難儀な兄弟だ」
    「――どう思う、弟くんよ?」
     奥を振り向き、これ見よがしに声をかける。カーテンの向こうからそろりと姿を見せたのは、噂の弟だった。
     闘争という名の雪合戦が終わったのち、体を温めに医務室へやって来た彼は、そこから引き上げてなどいなかった。ヨリトモの訪問を察知すると同時にカーテンの裏へ飛び込んだのを、シンノウにも止める隙はなかった。
    「ほんと、すいません……」
     彼自身、気が咎めているらしい。口の中で不明瞭に呟くと、とっさに隠れてシンノウに対応を任せてしまったことを詫びる。
    「いやまったくだ。シンノウお兄さんを板挟みにするのはやめてもらおうか」
     サモナーはばつの悪そうな表情を浮かべると、黙りこくって肩を落とした。しおらしい態度が気の毒になってくる。さすがのシンノウも「もういいさ」と言って首を振った。
    「まあ、それも仕方ないか。問題児くんが報告に行っても、閣下は素直に迎え入れないんだろう?」
    「ん……」
     曖昧な言葉をこぼして言い淀む。この兄弟同士の対話が一筋縄ではいかないことを、ギルド中の皆が知っていた。
    「あの、シンノウ。何か手伝いでも……?」
     詫びのしるしなのか、上目遣いに尋ねたのを受け止めて首を振る。
    「大丈夫だ。問題児くんは、この後も前線でじゃんじゃん雪玉を投げてきてくれ」
    「でも……」
     気が済まなかったらしく何か言いかけたサモナーへ、押しとどめるような眼差しを送ってみせた。
    「君たちは直接話し合うとうまくいかないことが多いんだろう? オレで良ければ、存分に使ってくれ」
     さっきは冗談めかせて苦言を呈したものの、ああして受け答えをすることくらい、別に何でもなかった。ヨリトモは例え束の間であったとしても心の平穏を手に入れるし、そうやって兄が気をかけてくれたことをサモナーは喜ぶだろう。本当に、何よりだと思った。
    「幸福な奴は、多いに限る」
     雪はきりもなく空をすべり落ちてきて、辺り一面をますます白く染めていく。窓越しに眺めた雪原は白く白く輝いて、うす曇りのはずなのにどこか眩しい。
     部屋の隅で立ち尽くしたきりのサモナーが、ありがとうと呟くのが聞こえた。
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