回診 ウォーモンガーズ所属の軍医が片手から下げた鞄には、見かけ以上に多くの薬や機材が収められているらしい。相手の容体を詳細に聞き取ったのち、その鞄の口は静かに開く。中からは実に様々なもの――傷口の手当てのための消毒液や塗り薬、気分を落ち着けるアロマオイルやハーブのポプリ、お灸に薬草茶など――が取り出され、そばに控えているヤスヨリを驚かせた。
部屋で頭痛を訴えている者がいると聞いて、二人はホテルのロビーから上層階へと移動する。地厚なカーペットが敷き詰められている廊下は足音も響かず、穏やかな静けさに満ちていた。
「ヤスヨリくんは、医術に興味があるのかい」
ふとシンノウの声が響く。病人の居所を探して熱心に各ドアの部屋番号を確かめていたヤスヨリは足を止めた。軍医の意図するところが分からず、たくましい眉の下、丸っこい瞳を瞬かせる。
「なに、さっきオレが治療を加えるところを随分熱心に見てたように思ってな。だからひょっとして医術に興味があるのかと……」
「あ、そういうわけでは……。いえ、無論、軍医殿の治療の鮮やかさ、的確さには感服いたしており申した。ただ感心して見つめていただけにございますれば」
こうして手伝いをさせてもらうのは貴重な機会だと言い添え、ヤスヨリはかしこまって目を伏せた。
「はっは、そうかい」
「医術に興味がというよりも、軍医殿の技に感動しており申した。他者の心や体の傷を癒し、寄り添い、励まし……。自分にはそのようなことはとてもできませぬ」
眼前で行われた治療を思い出したのか、ヤスヨリは感嘆のため息と共に首を振る。
これまでシンノウが披露した治療及びそれに類する技術は随分と幅広いものだった。彼が駆使するのは、故郷ホウライで習得した術だけに留まらない。異世界の医学知識や技術の習得を怠らず、最適の医療を施せるよう日々研鑽を積んでいる。それは素人の目にも明らかだった。
「そんなに謙遜することはないと思うぜ? うちのギルドでその力を発揮してくれてるのはもちろんだが、ヤスヨリくんにだって君を熱心に頼るひとがいるじゃないか」
軍医の指摘に、ヤスヨリはまさかと言わんばかりの顔つきを見せた。
「とんでもない、そのようなお方などおりませぬ。自分は一兵卒として軍略に従い、戦場で愚直に力を振るうのみ。ただの兵士であり申す」
謙遜しているわけでもなければ知らんぷりをしているわけでもないのは、その落ち着いた物言いと、真摯な眼差しからすぐに感じ取ることができた。どうやらシンノウが指摘したことなど、つゆほども思っていないらしい。
シンノウの目には、事あるごとにヤスヨリさんヤスヨリさんと呼びかけては、思い悩むヤスヨリに対して助言を与えたり自分のそばから離れないようにと言いつけたりする参謀の姿が浮かぶ。
「自分は心弱き者ゆえ、これからもただひたすらに鍛錬を積んでいかなければと、そのことを日々考えるばかり」
自らを戒めるように呟くと、ヤスヨリは頬をひきしめる。澄んだ瞳が眩しいように感じられた。
「はは。そういうところが、相手をいっそう惹きつけるんだろうなあ」
あの賢く冷静なタネトモが、あれこれとヤスヨリに話しかけているのはこういう訳なのだろう。ひとりで納得しているシンノウをよそに、当の本人は何の話をしているのかとただ目を丸くしていた。