わくわくポメ曜日! いつもよりずっと短い自らの腕を見下ろす。
とっても短くて、ふわふわ。何故だか自然に舌が出てしまう。
(やだぁ……どうしよう)
めそめそしながら床に落ちたスマホを肉球で操作し、後輩に助けを求めた。
確かに最近は疲れが溜まっていたけれど、まだ頑張れると思っていたのに。
このおかしな体質……疲れがピークに達すると、ポメラニアンになってしまう体質を、恋人に隠していたことが負担だったのだろうか。
着ていたスーツが床に散乱している。何の備えもなく、ポメラニアンになってしまった証だ。
この短い前足では、片付けの一つもできやしない。
いつもよりずっと高く見える天井のせいで、ここが自分の家ではないような気がしてくる。
くすんくすんと鼻を鳴らしながら、テーブルの下へ潜り込んだ。身体を丸めて助けを待つ。
寂しさと心細さに一匹で耐えていたその時、ガチャ、と鍵の開く音が聞こえた。
(マシュ!)
パアァッと自らの表情が華やいでいく。
連絡したばかりなのに、ずいぶんと早く駆けつけてくれた。
優しい後輩にたくさんちやほやしてもらって、早く元の姿に戻りたい。
マシュマシュ! と元気に鳴き声を上げた。
「キャンキャン!」
「おや、随分と可愛い子がいますね」
夢中で走って、たどり着いた足元を中心にクルクルと回った。早く抱き上げてと見上げる。
しかしそこで優しい笑みを浮かべていたのは後輩ではなく、愛しい私の恋人だった。
胸がドクンっ……と鼓動する。
眼差しだけで人間に戻ってしまいそうで、思わず歯を食いしばった。
おかしな体質であることを隠したい。その一心で、人間へと戻ることを我慢した。
「おいで……うん、いい子ですね。貴方のご主人様はどこですか?」
「きゅぅん……」
悲しげに鳴くことしかできない。
そういえば合鍵を渡したのだった。せっかく訪ねてきてくれたのに……。
両脇をひょいと抱えられて、足がぶらりと揺れた。
「おや、女の子でしたか」
(そんなとこ見ないで!)
身を捩ってその手から逃れようとすれば、ケイローンはますます上機嫌に笑った。
抵抗ごと容易く抱きこんで、赤子のように揺する。
「よしよし」
(あ~! だめぇ……)
大きな手でわしゃわしゃってされたら、今この場で元に戻ってしまう。
必死に歯を食いしばってみたり、瞬きをパチパチしてみたり。効果があるかはわからないけど……。
「どことなく、立香に似ている気が……」
「……!」
ふと顔を近づけられて、萌葱色が視界に広がった。
その薄い唇をついぺろりとやってしまいそうになる。
「ふむ、そう思うとなお愛らしい」
思わず、くふん……と鳴き声が漏れる。尻尾が左右に揺れ動いた。
彼の腕の中で可愛がられ続けて、寂しがりの心が満たされていく。
このままでいたい。まだもう少し、ポメラニアンのままで……。
(もう、だめっ……!)
幸福が溢れる。胸がキュンキュンして堪らない。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早く、激しく、熱く……。
「ひゃうっ!」
「っ、立香⁉︎」
ポンッ! と漫画のような音を立てて、可愛らしいポメラニアンから人間へと戻った。
腕の中の質量がいきなり増したにも拘らず、恋人は私を取り落とさない。
「あ、見ないでぇ……」
頬を赤らめながら、瞳を潤ませる。
何かを考え込むように数秒黙っていた恋人は、やがて得心顔で頷く。
萌葱色の瞳が悪戯っぽく煌めいた。