僕と夏と。(💙side)世間は夏休み真っ只中だが、あいにく夏期講習というものが課されている僕らは毎朝のように登校している。
家で自堕落に過ごさないようにということだろうか、どうせ勉強するなら静かな図書館で自習したいところだ。
―――終業を知らせるチャイムが鳴る。
生徒たちは各々帰り支度をし始め、ある者はスマホ片手に教室を後にし、ある者は教師に質問を投げかけている。
自分もほとんど惰性でリュックを背負って顔を上げると、廊下に見慣れた金髪の男が手を振っているのが見えた。
「ルカも終わったんだ。おつかれ」
「アイクもおつかれ。そっちの夏期講習、大変?」
僕と並んで歩きながらそう聞いてくる彼は、前期の試験で壊滅的だった科目の補習を受けている。クラスメイトなのだが、そういうわけで夏の間は別室なのだ。
「んー、でも教科書の先取りだからそんなには…」
話しながら昇降口を抜けると、校舎内とはまるで違う、真夏の大気が僕らを包んだ。
耳には木の葉の擦れる音と、セミの大合唱。
時刻はまだ正午で、この日の高い中を歩いて帰るのかと少し辟易する。
「うわっ、びっくりした!」
隣を歩くルカが少し飛び上がった。
その足元ではセミが仰向けのままでジジジと暴れている。後退りする大男がちらりとこちらを見やる。
僕は無言でそのセミを草の茂みに投げてやり、また同じように歩き始めた。
「ルカって虫、苦手だよね」
「だって予測不能な動きするじゃん、飛んだりすばしっこかったり…」
だから夏は苦手なんだよ…と、健康的に日に焼けた素肌とは真逆のコメントが帰ってきた。
「…僕も夏は苦手かな。虫が多くて」
「そうなの?知らなかったよ」
「この夏だけの儚い命が無数に存在してると思うと、なんか、苦しくなるよ」
うまく言えないけど。と付け足し、並んで歩く足元の短い影を見つめる。
ルカは頭の上にクエスチョンマークを浮かべているような顔で中空を見つめている。
「アイクって時々、何考えてるかわからないなぁ」
言葉で説明しにくい感覚を共有するのも骨が折れるので、黙っておく。
「でも、あのセミの子供がまた来年鳴くんでしょ?変わらないよなにも。俺らにはいつもの夏がまたくるだけ」
そう話しながら大きく伸びをしたルカは、アイクにニコっと微笑んでみせた。
「はは、そうだね。まずは今年の夏を乗り切らなくちゃね」
――何も変わらない、か。
一寸の虫にも五分の魂とか、そういう道徳じみた話をしたいわけじゃなく、僕がどことなく変化を怖がっているのを感じ取ってくれたらしい。
お世辞にも頭のきれるほうじゃない彼が、時折鋭く僕の考えを射抜いてくることがある。
不安に思っているところ、繊細な悩みを、その本質に触れることなく暖かく包んでくれるような…これもまた言葉に表しづらいんだけど。
……ルカ、僕はね、まだ君に伝えていないことがあるんだ。
自分の心がどんどん変化していくのが怖くて、自分でも少し目を逸らしている。
来年の夏もこうやって並んで他愛のない話をしていられるかな。
もしそうでなかったら――と思うと胸がキュッと締め付けられる。
こんな気持ちにもいつか気付いてもらえるのかなと期待する自分と、ルカには相応の彼女でも作って青春を楽しんでほしいと願う自分と。
真夏の外気と教室の空気のような、対極の温度が胸の中に渦巻いている。