花は、既に咲いていた2「これが再臨か」
召喚された翌日、予定通り霊基を強化した後素材を提供してもらい無事に再臨を果たす。
知識として頭の中に入っていたが、輝く刺々しい種火を手渡された時はこれを食べるのかと思い、霊基に力を与えるくらいの物を食べれば口の中が傷だらけになるのではと戦慄を覚えながら昨日の自分の啖呵を思い出し思い切って口に入れる。すると驚いたことに、種火は消えたのだ。同時に身体がぼんやりと熱くなってすぐにおさまる。口に入れる事で魔力の塊として溶け出し一体化するシステムなのだろうかと考えてみるものの、生前が魔術師なわけではないのであくまで予想となる。
口内が傷だらけにならないのであればまぁいいかと、差し出された種火を次々と口に入れていったまでは良かった。はじめは物珍しさで進んだが、味気ない種火を口に入れ続けるにはドゥリーヨダナの性格では飽きが来てしまう。それを止めずにいられたのは強化が初期の段階であり、種火の量が少なかったからだ。本格的に飽きが来るまえに再臨できる状態まで強化が出来たから。
飽きた、という前に終わり再臨まで進むことが出来てよかったと、再臨によって変わった衣服を見下ろしながら考える。
「ところでマスター匂いの方はどうだ?」
今回再臨した本来の目的を思い出し、インドの民族衣装を物珍しそうに見詰めていたマスターへ話しかけた。
「あっ」
あって言ったこのマスター、喚ばれるにあたってドゥリーヨダナが惹かれた理由がよく分かる。この性格が無ければ数多のサーヴァントを召喚することも、世界を救うという目的も果たせないだろう。
この性格に芋づる式のように思い出したのは昨晩のこと、あの場にカルナとアシュヴァッターマンがいたのは召喚したいサーヴァントに縁がある人物、物品があると縁に引き寄せられやすくなるからいたのだと言うことを聞いた。
マスターに頼まれたのもそうだが、カルナとアシュヴァッターマンも自分に会いたくて応じたのだと聞いて、思い切り抱きしめたのを思い出す。
「うーん、そう変わってないかな。制御してみてくれる?」
自分の周囲を嗅いでみて、またドゥリーヨダナを嗅いでみたマスターの言葉に良かろうと頷いてみたが、制御とはどうするのかよく分からない。何せ自分では匂いにも気付けない位で、とりあえず匂いよ薄まれ、薄まるのだと念じてみる。
「多分薄まった、かな」
「多分か」
「多分だね」
ここでよく考えてみるとマスターは種火を与える時から再臨を終えるまで共に居たのだ。もしかすると鼻が麻痺している可能性もあることに気付いて、溜息をひとつ吐いた。
「二人に確認してもらってくる。礼を言うぞマスター」
マスターはこれから素材を集めに戦場に向かうと聞いている。行き慣れた戦場であろうが、油断は許されないし、情報を集める為の感覚が一つでも欠けているのは生還率に響いてくるもの、あまり浸していてはいけないと身体を解すイメージを始めた。
「あとでダ・ヴィンチちゃんのところに行って」
「二人に確認してもらったらな」
霊体化を始めるドゥリーヨダナにマスターからの次の指示、勿論だと頷いて金の粒子へと変わっていくが昨日のやり取りを思い出す。
結局ビーマの言うことが正しい、と舌打ちしてしまった。
二人からは昨日よりは薄くなったと言われ、その足でダ・ヴィンチのところにも向かいまた調べてもらうと
「制御は出来るみたいだね、再臨ごとに制御は簡単になるようだ」
そうお墨付きを貰うことが出来た。花の匂いは完全にゼロにすることは出来ないけども、制御は出来るようになるのなら良いだろう。なにせカルデアには常時花を生み出しては消えていく花の魔術師とやらもいると聞いた、物理的に生み出している魔術師よりは匂いだけだから良いのではないかと思うものの、先程のマスターに考えた事も含めると制御は出来た方が良いだろうと考えた。
尽くしてくれる者には相応のモノを与えたいと思うのは、生前から。力があり、金があり、地位があるのだから尽くしてくれる者に出し惜しみはしていけないのだ。
「なら良かった。今は再臨が進んでいないから薄める力が弱いという理解でいいか?」
「いいよ。ただ最近召喚された子が多いから素材とQPがね、少ないんだ」
「最近来たわし様が言うのもなんだが兵站が少ないのは問題だぞ」
「治世も、総大将もしていた君ならそう言うのも無理はないさ」
聖杯からの知識でレオナルド・ダ・ヴィンチと名乗る少女がどういった人物であるかをドゥリーヨダナは知っていたし、昨日と今日で早速世話になっているのだ。有能であるダ・ヴィンチにそう言われて悪い気はしないと、ふふんと胸を張る。
「おっと、昨日から調べていた事なんだけどやはり君には花としての性質も多少刻み込まれている」
「匂いを出す他にどんなのが?」
下半身が花で出来ているという逸話からきたイメージだけなら匂いだけではないだろうと、昨日ダ・ヴィンチに言われた時からなんとなく思っていた。だが花としての性質が匂い以外でどれだけのことを出来るのかとも考えている事はたしかで、軽い気持ちでダ・ヴィンチの説明を聞いていく内に嫌な顔をしてしまった。
礼を言って医務室を出ると、さてどうしたものかと廊下を歩く。ダ・ヴィンチの説明はやはり分かりやすく、可能性として起こりうる出来事がどんなものかは理解した。浮かんだのはカルナとアシュヴァッターマンに相談すべきか、それとも可能性だから話すべきではないか悩んでしまう。悩むとは自分らしくはないが、このカルデアでも同じく友であり戦友でもある二人にも関わることだ。悩んでしまうのは仕方ない。
悩んで歩いている間にも匂いは出ていることであるし、確定している薄められることは伝えておこうと決める。
しかしダ・ヴィンチも然ることながら、カルデアの設備も素晴らしい。空を飛ぶこのノウム・カルデアも含め、火打石がなくとも火が出る絡繰、体を切ることなく中身を調べあげられる仕掛け。現代では機械と言うらしいがこれが選ばれし人間ではなく、知識さえあれば皆が扱えるのがいい。ここには無いが、武器も進化していると与えられたものから教わったことだしゆっくりとマスターには話を聞きたいところだ。
「これがあれば戦争は楽に出来ていたろうな」
「また戦争する気か」
かの大戦に思いを馳せているとつい口に出てしまったらしい。そして聞かれていたのだ、よりにもよってこの男かと振り向くと一応確認して、思い切り顔を顰めた。というより、頑張って顰めっ面を作った。
今ある素材でとマスターは頑張ってくれたのだろう。ビーマもまた再臨していて、昨日は結ぶことも無く伸ばしっぱなしだった髪はきっちりとまとめられていて、見るからに粗暴だった衣装は白を基調とした式典用の礼装を纏っている。
そしてドゥリーヨダナは言葉や顔に比較的出やすいのだと自覚があったから、カッコイイと言いそうになった自分を隠すために 顔に力を入れた結果顰めっ面になったのだ。
ドゥリーヨダナの内心の努力を知らず、ビーマは静かな表情で見つめてくる。
「で、戦争する気なのか」
「しない。民のいない国を治める気は無いのでな」
欲しいものを得る為に起こした戦争だったので、今は起こす理由がない。それだけの事だが欲に際限のないドゥリーヨダナが言うだけで、あのドゥリーヨダナがそこまで言うならという説得力が生まれた。
「ならいい」
それをビーマも分かっているのかあっさりとした返事が来て隣を通り過ぎようとするので、舌戦にやる気を出し始めていたドゥリーヨダナの心を呆気なく無視していく。
影響がないなら、別にいい。ビーマの正しさはその通りなのだろう。生前の事があったドゥリーヨダナにも、これだ。
「お前……匂い薄くなったか」
グッと握り拳をつくった時に話しかけられたのは意外で、あぁと気付く。再臨して匂いがどうなったかを確認するために探していたが、疑いある言葉を呟いていたから先に確認してしまったと、そんな所だろう。
「良かったな、再臨で制御は可能だそうだ。ゼロにはならんが薄くはなる。確認したなら行け、わし様だって部屋に戻ろうとしていたところだ。ここに居たって仕方なかろう」
はじめにカルナとアシュヴァッターマンに説明して安心させようと思ったのに、話さなければしつこく来るだろうからビーマに話しているのだと自分の中で理由をつける。昨日は未知のものだったから珍しく乗ってきて、分かった今はそこまで憤るものでもないからと比較的平静に対応しているビーマに腹が立つ。
なんて正しいのか。
「はは……見ておれよビーマ!優秀であると先に認めてもらうのはこのわし様よ!」
こちらが何を考えていようと、同じマスターの下にいるのだから直接争う事は不可能だが優劣をつけることは可能である。幸いまだドゥリーヨダナは再臨出来る余地があり能力の向上が臨めるからなんとかなるだろう。もっともそれはビーマにも同じことが言えるのだが、前向きに考える為そこは一旦置いておくことにする。
まずはやはり再臨を重ねたいので、マスターに願いを通しやすくなるよう点を稼いでおかねばならない。あとで返すと言っても何かしら返すためのあては必ず必要なのだ。
ここはカルナとアシュヴァッターマンにカルデア内についての情報収集だと、やる事が決まったドゥリーヨダナの行動は速い。が、もっと速い者がいた。
「っ……この手を離せビーマ」
向かおうと足を進めたところで手首に巻き付いたような感覚と同時に、動きを止めさせた元凶を見るとビーマが僅かに怒りのようなものを滲ませて手首を掴んでいて、はておかしいなと考える。
生前からビーマと闘り合ったり、殺りあったりしているからなんとなくであるがビーマが反応しそうな言動や状況は分かっており、先刻のような場面だと正論を言われり一発どつかれるくらいだ。それがこのように手首を掴んでくるなど、なにがあったのか。
「ははぁ、さしものお前もわし様が先にマスターに認められるのは嫌と見える」
生前でのやりとりと先程までのやりとりで違うところを比べて、言葉にしてに抜き出すとビーマの形のいい眉がピクリと動いた。
どうやら正解らしく、ニヤァと口が歪む。
「んふふ、まぁわし様は戦えるし頭も良いから相談にも乗ってやれるし?更に顔も美麗と来ているからな、マスターに認められるのは早かろう」
「匂いの影響で再臨が優先されてるだけだろ」
「わし様が優秀なのもある!」
匂いのことは持ち出されると否定できないので、大きな声で優秀だと言うことをアピールし勢いで流そうとしてみたがダメだった。
掴まれていた手首に更に力が加わり、思わず呻くがビーマは関係ないとでも言うようにギリギリと力を強めていく。
「っおい、ビーマ」
どこが力の使い方を覚えたというのか、それとも覚えたから万力のようにして締め上げてくるのかもしれないと思う。やられっぱなしでたまるかとビーマの目を見ながら、脇腹目掛けて膝蹴りを入れた。予備動作はなかったのでキマるも思われたが、簡単に止められて押さえられる。それでいい。
反撃されないように膝と、手首も掴まれているこの状態でビーマの両手は使えない。握り拳をとんと軽く分厚い胸板に当てて、一気に魔力を編み上げた。
「っぐ」
編み上げられて出来上がった棍棒はドゥリーヨダナの掌に収まりながらビーマの顎を直撃し、その衝撃で力が緩んだのでようやく拘束から解放されることが出来た。
痺れが残っている気がして手を振っていると、顎を押さえたビーマがこちらを睨み付ける。
「お前なぁ」
「今回は正当防衛だ!」
あまりの強さに手が折れそうどころかちぎられるとすら思ったのだから、きっと許されると思いたいと言うのが本当のところだ。
それに顎をさすってはいるものの、これくらいビーマならば衝撃はあっても痛くも痒くもないはず。
「それで?何か言いかけていたな。聞こう」
「この野郎」
せめて今のところ攻撃する意思はないと、棍棒は解いて話を聞く体勢に入る。
ビーマは言いたい事より先に怒鳴りたい気分であったろうが、それでは話を進められないと深い、ドゥリーヨダナにも聞こえるほど深い呼吸をして落ち着いたようだ。
視線がかち合い、逸らすことも逸らされることもない。
「そんなもんじゃねぇだろ」
「何がだ」
「俺とお前は、マスターに認められたとかそんなんで決まる程のもんじゃねぇだろ」
同じ日に生まれ、それぞれの考えで敵対し片方の最期の時まで戦い抜いた二人だ。
そこに第三者の評価はいらないと、他の誰でもないビーマはそう言ったのだと理解して、とうに動くはずのない心臓が大きく脈打った気がした。
あのビーマが、五兄弟のなかで一番武勇に優れていると言われたビーマが、ドゥリーヨダナとの関係を気にしていた。それはとても嬉しくて、光栄で
「違うだろ」
「……あ?」
ビーマはまずこんな事を口にしないし、ドゥリーヨダナ相手に聞かせたりしない。マスターの祖国で言う武士の情けなのだとしたらとてつもなく不愉快だ。なぜならビーマはドゥリーヨダナに怒って、策略を軽々と飛び越えて輝く英雄なのだから。
こんなにも個のドゥリーヨダナに割く気持ちは無い。
「わし様思い浮かんだぞ。花の匂いには低レベルだが混乱効果があってお前は無様にも混乱してしまったのか。いい気味だ!」
笑った瞬間、ビーマから貰ったのは腕をちぎりそうな行われたアイアンクローだった。