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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    11月「月刊主へし」
    お題:〇〇の秋

    運動の秋ヒッ、と喉から掠れた声が漏れた。体がふらつき、数歩後ずさりしたものの、こんのすけは冷めた目で(いや元々そんな目か)こちらを見るのみだ。
    「そんな、何かの間違いじゃ」
    「何度見ても、結果は同じですよ、審神者様」
     あきれた声で、こんのすけは機械からべろんと出てきた紙を無慈悲にも俺の目の前に突き出す。直視したくなくて顔ごと逸らしたが、後ろにいた同期が、やはり呆れたように言った。
    「後ろつかえてんだから、もう諦めなって」
     一人と一匹に言われては仕方ない。くそっ。そんな顔してるけど、お前だって前回の健康診断から体重が10kg増えてたら絶対俺と同じ反応するに決まってるんだからな!!!!!
     そういうわけで、実に10年振りくらいの健康診断だった。
     審神者に就任してからもう何年経ったか分からないが、ほとんど幽世と化した本丸で生活しているので、本来なら健康診断とかあんまり意味がないんだが、頻度が低いとは言え現世との行き来もなくはないので、俺はまだギリ人間だった。滅多にないけど風邪もひくし、怪我もする。そういう、まだ人らしさを保っている審神者には定期的な健康診断が義務付けられていて、数年、数十年だっけ……? 忘れたけど、そのくらいの頻度で本丸に健康診断のお知らせが届く。と言っても身長体重測って、血液検査して、胃の検査をして……合計で1時間もかからないし、政府管轄の施設とは言えあまり来ない地域だから、帰りに近侍と一緒にゆっくりお茶でもして帰ろうかな、とか、そんな軽い気持ちで来ただけだったのに。血液検査の結果は後日出るとして、身長がほとんど変化ないのはまあ、分かる。体重が10kg増えてるってどういうこと……? 成人男性としては肥満という程の数値ではないものの、前回から10kg増えている、という事実が自分でも想像以上に衝撃的だった。10年ぶりとしても、毎年1kgずつ増えてるってこと……? 確かに運動らしい運動はしてないけど、納得いかない。本丸って幽世じゃなかったのか? 年をとらなくなったのはここ数年でなんとなく感じてたけど、体重だけ順調に増えてたとか、そんなことある?? 俺が気付いてないだけで実は見た目にも結構変化あったか……? だめだ、全然分からん。
    「はあ……」
     思わず溜息を零すと、向かいでふわふわしたシフォンケーキをどうにか倒さず食べようと奮闘していた長谷部が顔を上げる。
    「主? どうしました?」
     悲しい結果が出た健康診断はとうに終わり、当初の予定通り、近侍兼護衛として連れてきていた長谷部と近くのカフェで休憩中だった。
    「ばりうむ、そんなにおつらかったですか?」
    「ああ……つらかったけど、別件でちょっと」
     バリウム検査は確かにつらかった。胃の検査方法、そろそろもっと進歩してもいいと思うんだけど、と散々愚痴った後だ。実は、と体重計に乗った時の衝撃的事実を打ち明けると、長谷部はぽかんとしたのち、俺の顔をまじまじと見つめた。
    「いつもと変わりないように見えますが……」
    「だよなあ……? でも、太ったっぽいんだよな」
     そもそも、俺が太ったとしても長谷部は気を遣って言わない気もするけど、それはさておき。
    「まあ運動してないし、本丸のご飯はおいしいから食べ過ぎるし、心当たりしかないけどさあ……10kgはショックすぎるというか」
    「そういうものですか……あ、もしかしてそれで、注文は珈琲だけに……?」
    「うん……」
     検査のために朝から何も食べていないので空腹ではあるものの、ここで欲望のままにあれこれ頼むのもな、と10kg増の数字が脳裏をよぎりまくったので、何となく何も頼めずにいた。せっかくの外出なのに、と勿体ない気持ちもあったので、注文を決めかねてる長谷部に勝手に店の看板らしいケーキセットを頼んだりはしたけど。空腹の状態にバリウム、珈琲、ときたので胃が少し変な感じだ。
    「でもそれおいしそうだな。ひとくち、」
    「ふふ、どうぞ」
     ひとけがないのをいいことに口を開けると、長谷部もはにかみながらも切り分けたケーキを俺の口元に運んでくれた。ほんのり甘くて、あまり食べた気がしないくらいふわっふわの塊はあっというまに腹の中に消えてしまう。
    「……運動しようかなあ。なんか、審神者専用のジムとかあるらしいんだよね。そういうのもありかな」
    「ジム、ですか」
    「そう。演練に使ってる施設の地下にあるらしい。鍛えたり、体を引き締めたり? ダイエット用のプログラムとか組んでくれたりするんだって」
     一通り検査が終わった後、待合室で一緒になった同僚が、やはり体重のあたりが散々だったらしく(ざまあみろ)真剣な顔でそんな話をしていた。必要ないと思ってたけど、そういうのもありかな、みたいな話だ。
    「出会い目的も多いらしいけどね」
    「は……?」
    「あ、いや、俺がそういう目的で行きたいって話じゃなくて!」
     それも同僚と暇つぶしがてら調べてみて分かった話だ。まあ出会いが少ないからな、この職業。演練や買い出しで他の審神者と交流することもあるが、ほとんどの場合傍に護衛がついているから、異性と業務以外の話をする機会はそうそうない。かと言って出会い欲しさにジム、行くか……? わざわざ……? と疑問に思うのは、俺が外に出会いを求めていないからかもしれないけど。
    「……本丸では、だめですか? 運動……」
     とっくにバランスを崩して倒れてしまったケーキを少しずつ切り崩しながら、長谷部がぽつりとつぶやく。
    「本丸で? 俺、自主的に何かを出来る気がしなくてさあ……かと言ってみんなの鍛錬に混ざるのも微妙だしなあ」
    「ああ、えっと……そうではなくて、」
    「ん?」
     冷めきってしまって、でもまだ半分程残っている珈琲から顔を上げると、じっとりとこちらを見つめている藤色と目が合う。
    「体をたくさん動かせば、いいんでしょう?」
    「うん? ああ、そうだけ、ど」
     テーブルに置いた手に、指先がちょんと触れる。たまたまぶつかった、なんて言うには不自然なくらい、指の腹が、手の甲をするりと撫でて、また離れていった。
    「したらいいじゃないですか、運動。……俺と」
    「……長谷部と、運動」
     拗ねたような口調と裏腹に、耳まで真っ赤になった長谷部はまた俯いて、細切れになったケーキを掬う作業に戻っていく。俺はカフェのメニューを開いて、多分、長谷部と同じくらい真っ赤になった顔を隠すように前に立ててから、「それってさあ」とそっと囁いてみる。
    「今夜から?」
     メニューの向こう側から、カチャンとフォークを落とした音が聞こえた。
    「あ、あるじが、望むのであれば、俺は、その」
    「そう……じゃあ、やっぱり何か食べようかな」
     確かに、食べた分だけ動けばいいだけの話ではある。そういえば、最近忙しくて、そういう『運動』も、していなかったし。メニューを隔てた向こうですっかり大人しくなってしまった長谷部の旋毛から視線を外して、俺はゆっくりと美味しそうなランチやらデザートやらの写真を眺めることにした。
     店員に追加の注文を頼むのは、顔の火照りがおさまってからにしようと思いながら。

    おしまい
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

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    PAST主くり編/近侍のおしごと
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    「なんだこれは」
    「うさぎのぬいぐるみだって」
    「なんでここにある」
    「いや、大倶利伽羅のもあるっていうからつい買っちゃった」
    照れくさそうに頬をかく主はまたうさぎに視線を落とした。その視線が、表情が、それに向けられるのが腹立たしい。
    「やっぱ変かな」
    変とかそういう問題ではない。ここは審神者の部屋ではなく主の私室。俺以外はほとんど入ることのない部屋で、俺がいない時にもこいつは主のそばにいることになる。
    そして、俺の以内間に愛おしげな顔をただの綿がはいった動きもしない、しゃべれもしない相手に向けているのかと考えると腹の奥がごうごうと燃えさかる気分だった。
    奥歯からぎり、と音がなって気づけばうさぎをひっ掴んで投げようとしていた。
    「こら! ものは大事に扱いなさい」
    「あんたは俺を蔑ろにするのにか!」
    あんたがそれを言うのかとそのまま問い詰めたかった。けれどこれ以上なにか不興をかって遠ざけられるのは嫌で唇を噛む。
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    「尻尾ならワタシにもありマスよ」
    ふわふわの丸い尻尾をつついていると村正が身体を捻って自分の尻尾をちょいちょいと触る。普段からそうだけど思わせぶりな言動にため息が出る。
    「そういう無防備なことしないの」
    「可笑しなことを言いますね、妖刀のワタシに向かって」
    刀剣男士には縁遠い言葉に首を傾げつつも村正はいつもの妖しげな笑いのままだ。わかってないなぁとやり場のない思いをうさぎに構うことで消化していると隣が静かだ。
    ちらっと横目で見てみると赤い瞳がじっとうさぎのぬいぐるみを見つめている。その色が戦場にある時みたいに鋭い気がするのは気のせいだろうか。
    「なに、気になるの」
    「気になると言うよりは……胸のあたりがもやもやして落ち着きません」
    少しだけ意外だった。自分の感情だったり周りの評価だったりを客観的にみているから自分の感情がよくわかっていない村正 828

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    鍛刀下手な審神者が戦力増強のために二振り目の大倶利伽羅を顕現してからはじまる主をめぐる極と特の大倶利伽羅サンド
    大倶利伽羅さんどいっち?!


     どうもこんにちは!しがないいっぱしの審神者です!といっても霊力はよく言って中の下くらいで諸先輩方に追いつけるようにひたすら地道に頑張る毎日だ。こんな頼りがいのない自分だが自慢できることがひとつだけある。
     それは大倶利伽羅が恋びとだと言うこと!めっちゃ可愛い!
     最初はなれ合うつもりはないとか命令には及ばないとか言ってて何だこいつとっつきにくい!と思っていったのにいつしか目で追うようになっていた。
     観察していれば目つきは鋭い割に本丸内では穏やかな顔つきだし、内番とかは文句を言いながらもしっかり終わらせる。なにより伊達組と呼ばれる顔見知りの刀たちに構われまくっていることから根がとてもいい奴だってことはすぐわかった。第一印象が悪いだけで大分損しているんじゃないかな。
     好きだなって自覚してからはひたすら押した。押しまくって避けられるなんて失敗をしながらなんとか晴れて恋仲になれた。
    それからずいぶんたつけど日に日に可愛いという感情があふれてとまらない。
     そんな日々のなかで大倶利伽羅は修行に出てさらに強く格好良くなって帰ってきた。何より審神者であるオレに信 4684

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    MOURNING主くり

    小腹が空いて厨に行ったらひとり夏蜜柑を剥いていた大倶利伽羅に出くわす話
    夏蜜柑を齧る

     まだ日が傾いて西日にもならない頃、午後の休憩にと厨に行ったら大倶利伽羅がいた。
     手のひらに美味しそうな黄色を乗せて包丁を握っている。
    「お、美味そうだな」
    「買った」
     そういえば先程唐突に万屋へ行ってくると言い出して出かけて行ったのだったか。
     スラックスにシャツ、腰布だけの格好で手袋を外している。学ランによく似た上着は作業台の側の椅子に引っ掛けられていた。
     内番着の時はそもそもしていないから物珍しいというわけでもないのだが、褐色の肌に溌剌とした柑橘の黄色が、なんだか夏の到来を知らせているような気がした。
     大倶利伽羅は皮に切り込みを入れて厚みのある外皮をばりばりとはいでいく。真っ白なワタのような塊になったそれを一房むしって薄皮を剥き始めた。
     黙々と作業するのを横目で見ながら麦茶を注いだグラスからひと口飲む。冷たい液体が喉から腹へ落ちていく感覚に、小腹が空いたなと考える。
     その間も手に汁が滴っているのに嫌な顔ひとつせずばりばりと剥いていく。何かつまめるものでも探せばいいのになんとなく眺めてしまう。
     涼やかな硝子の器につやりとした剥き身がひとつふたつと増えて 1669