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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    1月月刊主へし
    一応デキてるふたり
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16853241 の審神者だけど読まなくても大丈夫。

    冬の男「は……っくしゅ」
    「!!」

     駅を出てから数えて七回目のくしゃみだったので、男の隣を歩いていた長谷部は今度こそ自分の外套を脱いだ。

    「主、これを」
    「いらないって。お前が寒いし、俺だけ着込んでたら不自然だろ」

     男は迷惑そうにそれを振り払い、自分の外套のポケットを探った。しかし、目当てのものは探りあてられず、眉を顰めたところで長谷部が自分の鞄からティッシュを差し出したので、今度は素直にそれを受け取った。立ち止まり、軽く鼻をかんでいる男に、長谷部はそっと声をかける。

    「今からでも、バスに乗った方が……」
    「いい。もう結構歩いたし、今からバス停探して待つ方がめんどくさい」
    「しかし、」
    「いいって、このくらい。久しぶりに外に出たから体が慣れてないだ、け……ふあ、っくしょん!! うぇっくし!!」

     立て続けに盛大なくしゃみの音が響いて、長谷部は痛ましそうに目の前の男――審神者を見つめていた。
     一月下旬、福岡。数年振りの寒波だった。そんな中、普段は本丸と演練施設を行き来するだけの審神者が渋々この時期の現世に足を伸ばしたのは理由がある。




     数日前、各美術館、博物館関連の施設の資料を執務室に広げたこんのすけは、政府からの課題だ、と告げた。

    『どこでも構いませんが、本丸に存在する男士の元となった刀剣の現物を確認し、レポートを提出してください』

     なんだそれ、と審神者は最初から怪訝な顔だった。

    『まあ、意識調査の一環といいますか。興味関心の調査も兼ねてといいますか……』
    『ふーん?』

     この本丸に限らず、審神者は出不精な者が多い。本丸を出なくとも生活できる、というのが主な理由だが、それではあまりにも不健康だし、閉鎖的だ、と考えた政府による施策らしい。時代、時期などは問わないが、現存している刀剣が展示されている場所へ自分の足で赴き、証拠となる写真を撮り、感想をしたためてレポートとして提出する。普段の任務程ではないにせよ、達成報酬もあるという。

    『自由参加ではありますが、難しいものでもないですし、点数稼ぎにもちょうどいいのでは?』
    『点数稼ぎねえ……』

     冷めた目でこんのすけを見下ろしている男は、審神者に就任してから長い年月をこの本丸で過ごしている。審神者としてはベテランの方ではあるし、日々の任務もそつなくこなしてはいるが、例にもれず出不精な上、演練施設すらほとんど刀剣男士に任せっぱなしで、自らの足で政府の施設に赴くことはほとんどなかった。

    『ちょっと現世で観光するだけで政府に睨まれずに済むんですから、悪い話ではないはずですよ』
    『そういうもんかねえ』

     のらりくらりとはっきりした返答を避ける審神者に、こんのすけも諦めない。何せ本丸から滅多に出ない審神者なので、要注意とまではいかないものの、政府への忠誠心を疑われる段階までいってしまうと間に立つものとしても立つ瀬がないのだろう。

    『……長谷部は?』
    『っ、はい』

     それまで審神者の後ろに控えていた長谷部は急に話を振られ、一瞬驚いたものの、すぐに姿勢を正した。

    『お前の本体、どこだっけ』
    『は、福岡です』
    『常設?』
    『いえ、冬の間だけ……』
    『そう』

     畳の上に散らばった資料の内数枚に目を通した審神者は、あとは振り向きもせずに手元の電子端末を操作する。

    『これでいいか?』

     端末をこんのすけに見せると、満足げに頷いてすぐに姿を消したが、長谷部にはいまいち状況が飲み込めなかった。

    『明日』

     審神者がそこで今日初めて長谷部の顔を真っ直ぐに見る。

    『福岡に行く。国宝・圧切長谷部の展示が目的だ。同行はなるべく本刃と、だそうだからお前も一緒に。準備しておけ』
    『え? はい……え?』
    『それじゃあ、今日の内番表だけど――』

     聞きたいことはあったが、すぐにその日の業務の話に移ってしまったこともあり、タイミングを逃し――そして、今に至るのだった。



     本丸から現世への転送装置はある程度行き先が定められていた。細分化するとバグが発生しやすいらしい。国宝・圧切長谷部が展示されている福岡市博物館への直通は出来ず、一旦博多駅に繋がったゲートをくぐり、駅からバスで移動することになった。しかし、運悪く乗客が多い時間にあたってしまったようで、停留所もバスの中も人が多かった。人混みを嫌う審神者が「徒歩でも15分かそこらだろ。歩いて行く」と言い、当然長谷部もそれに従ったが、現世で数年振りだという寒波は想像以上のものだった。

    「……タクシーを拾った方が良かったかもしれませんね。すみません、気付かずに……」
    「別にいい。俺が歩くって言ったんだし……結局タクシーだって待っただろ、あの感じじゃ」

     気を取り直して歩き出したものの、審神者は時折ずっ、と鼻を啜っている。ばつの悪い顔で「こんなに寒いとは思わなかった」と呟いた。長谷部はますます申し訳ない気持ちになる。

    「すみません、俺がこの時期にしか展示されていないばかりに……」
    「……ああ、だから冬の男? って呼ばれてるんだったか」

     刀剣の中には常設展示されているものもあれば、期間限定でしか表に出てこないものもあり、圧切長谷部は毎年一月から二月にかけての一か月だけ一般公開される刀だった。展示される時期にちなんで、冬の男と呼ばれているとか、いないとか、そのあたりの話は噂レベルで資料には記載されていたが、審神者はそこまで目を通していたらしい。

    「別に、お前のせいではないだろ。……まあ、面白いあだ名ではあるよな」

     普段から難しい顔をしていることの方が多い審神者が、ほんの少し唇の端を持ち上げて笑う。地図を表示していた電子端末と前方を何度か見て、「あれか」と呟いた。目的の建物はもうすぐそこだ。

    「さすがに中は暖かいといいな」
    「すみません……」
    「だから、別にいいって。お前に謝られても困るし、それに、……あー、」

     三回目のくしゃみの時に厳重に巻かれたマフラーをゆるめて、審神者は少し迷うように視線を彷徨わせて、それから真っ直ぐに長谷部を見た。日頃、視線が交わることが少ないので、急に視線を向けられると長谷部はいつも身構えてしまう。審神者の言葉はいつも唐突だったし、予想がつかないことが多い。体が強張ったのが伝わったのか、審神者は苦笑した。

    「あのな、常設展示とか、そうじゃなくたってもっと暖かい時期の、交通の便も良い展示場所とか、博物館とか、他に色々あるだろ」
    「……?」
    「きょとんとすんな。あるんだよ」
    「そうなんですか……」
    「寒波はちょっと予想してなかったけど、なんでわざわざこの時期の福岡を選んだのか、分かるか?」
    「……! もつ鍋がうまいからですか?」

     急に決まった外出だった上、昨日は出陣もあったので時間は多くはなかったが、現世の福岡に向かうにあたって、長谷部自身も与えられている電子端末で色々と調査はした。刀の身体しか持たなかった頃の博物館の外には詳しくないが、それでも長くいた土地に、政府に課せられた課題とは言え一泊二日、審神者と行動を共にするのだから、少しくらいは観光案内のようなものをできるのでは、と意気込む気持ちもあった。その過程でいくつか評判の良い店もリストアップしてあったのだ。
     しかし、自信満々に答えた長谷部に、審神者は呆れたように溜息を吐いた。

    「お前って、ほんと……まあいいや」

     失望されたかと慌てるが、審神者の口元には笑みが残ったままだった。建物のエントランスをくぐり、ひらけた場所で立ち止まると、再び長谷部の方に体を向けて口を開く。

    「どこでも、どの季節でも良かったのにお前を連れてわざわざ福岡に来た上に、展示なんて一時間もあれば十分なのに宿泊の予約までしたのがどうしてか、本当に分からない?」
    「……他にも行きたい場所が……? あ、福岡タワーですか?」
    「ばか」

     審神者は今度こそ呆れきった顔で、「チケット買ってくる」と長谷部が持っていた鞄から財布を取りだした。

    「お前は展示見終わるまで、さっきの答えを考えとけ」
    「……福岡タワーでは、ない……?」
    「……観光もするけど、そこから離れろ」

     確かに、こんのすけが持ってきた資料は多かったのに、その中から自分が展示されている場所をわざわざ確認してまで選んだ理由が何なのか、気になってはいた。単純に、近侍を長く任されていて、実のところ近侍だとか臣下だとか以上の関係がある自分が一緒に行ける場所の方が、気安く案内を任せられるということだろうかと思い、下調べもしたものの、実際に来てみれば審神者は電子端末を駆使してバス停の場所も、徒歩で向かう場合のルートも全て把握していて、長谷部がやったことと言えば寒そうにしている審神者に自分のマフラーを巻いて、鼻をかむためのティッシュを差し出したくらいだ。このくらいなら、他の場所、他の同行者でも良かったはず。
     考えた末に、長谷部は展示室へ向かう審神者に近付き、耳元でそっと囁いた。

    「主、」
    「ん?」

     暖かい場所に入ったからだろう。審神者はさっきよりいくらか穏やかな顔つきで長谷部の方へ振り返る。

    「あの、俺のレプリカも、見ます……?」

     返事の代わりに、深い深いため息がかえってきたので、どうやら福岡城が理由でもないらしかった。



    --冬の男と冬のデート  完--

    ▼蛇足
    審神者⇒たまにはデートみたいなことをするのもいいかなと思ったけど日頃の行いが良くないので全くデートだと思われていない
    長谷部⇒鈍い
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

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    審神者は身体を起こして寝ぼけた頭を掻く。シーツはまだ暖かい。
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    「から! りゅうみせて!」
    腹に乗り上げながらまあるい瞳を輝かせる男の子どもがこの本丸の審神者だ。
    「まず降りろ」
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    「勉強は終わったのか」
    「おわった! くにがからのところ行っていいっていった!」
    くにと言うのは初期刀の山姥切で、主の教育もしている。午前中は勉強の時間で午後からが審神者の仕事をするというのがこの本丸のあり方だった。
    この本丸に顕現してから何故だか懐かれ、暇があれば雛のように後を追われ、馴れ合うつもりはないと突き離してもうん!と元気よく返事をするだけでどこまでもついて来る。
    最初は隠れたりもしてみたが短刀かと言いたくなるほどの偵察であっさり見つかるのでただの徒労だった。
    大人し 1811

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    飄々としてい人を食ったような言動をする。この本丸の審神者は言ってしまえば善人とは言えない性格だった。
    「小鳥、少しいいか」
    「なに」
     端末から目を離さず返事をする審神者に仕方が無いと肩をすくめ、山鳥毛は強硬手段に出ることにした。
    「うお!?」
     抱き寄せ、畳の上に投げ出した太股の上に審神者の頭をのせる。ポカリと口を開けて間抜け面をさらす様に珍しさを感じ、少しの優越感に浸る。
    「顔色が悪い。少し休んだ方がいいと思うぞ」
    「……今まで誰にも気づかれなかったんだが」
     そうだろうなと知らずうちにため息が出た。
     山鳥毛がこの本丸にやってくるまで近侍は持ち回りでこなし、新入りが来れば教育期間として一定期間近侍を務める。だからこそほとんどのものが端末の取り扱いなどに不自由はしていないのだが、そのかわりに審神者の体調の変化に気づけるものは少ない。
    「長く見ていれば小鳥の疲労具合なども見抜けるようにはなるさ」 
     サングラスを外しささやくと、観念したように長く息を吐き出した審神者がぐりぐりと後頭部を太股に押しつける。こそばゆい思いをしながらも動かずに観察すると、審神者の眉間に皺が寄っている。
    「や 1357

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     昼食も終わり、午後の仕事を始める前の煙草休憩。再び癖となってしまったことに蜂須賀は顔を顰めたが、すまないとだけ言っている。
     まあ、目的は単に紫煙を揺らすだけではないのだが。
    「またここに居たのか」
    「タバコ休憩な」
     玉砂利を踏み締める音を立ててやってきたのは大倶利伽羅だ。指に挟んだ物をみせるとあからさまに機嫌が悪くなる。それがちょっと可愛く思えてどうにもやめられずにいる。
     隣に並んだ大倶利伽羅をみて刀剣男士に副流煙とか影響するのだろうかと頭の片隅で考えながらも携帯灰皿に捨ててしまう。そうするまでじっとこちらを見ているのだ。
     しっかりと見届けてふん、と鼻を鳴らすのが可愛く見える。さて今日はなにを話そうか、ぼんやりしているとがっしりと後頭部を掴まれる。覚えのある動作にひくりと頬が引きつった。
    「ちょっ、と待った」
    「なんだ」
     気づけば近距離で対面している大倶利伽羅に手のひらを翳して動きを止める。指の隙間から金色とかち合う。普段は滅多に視線を合わせやしないのに、こういうときだけまっすぐこちらを見てくる。
    「お前なにするつもりだ」
    「……嫌なのか」
     途端に子犬 910

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    梅雨の紫陽花を見に庭へ出たら大倶利伽羅と会っていつになったらふたりでいられるのかと呟かれる話
    青紫陽花


    長雨続きだった本丸に晴れ間がのぞいた。気分転換に散歩でもしてきたらどうだろうと近侍の蜂須賀に言われて久しぶりに外に出る、と言っても本丸の庭だ。
    朝方まで降っていた雨で濡れた玉砂利の小道を歩く。庭のあちらこちらに青紫色や赤色、たまに白色の紫陽花が鞠のように咲き誇っている。
    じゃりじゃりと音を鳴らしながら右へ左へと視線を揺らして気の向くまま歩いて行く。広大な敷地の本丸の庭はすべて散策するのはきっと半日ぐらいはかかるのだろう。それが端末のタップひとつでこうも見事に変わるのだから科学の進歩は目覚ましいものだ。
    「それにしても見事に咲いてるな。お、カタツムリ」
    大きく咲いた青紫の紫陽花のすぐ隣の葉にのったりと落ち着いている久しく見なかった姿に、梅雨を実感する。角を出しながらゆったり進む蝸牛を観察していると、その葉の先端が弾かれたように跳ねた。
    「……うわ、降ってきた」
    首の裏にもぽつんと落ちてきて反射的に空を仰げば、薄曇りでとどまっていたのが一段色を濃くしていた。ここから本丸に戻ろうにもかなり奥まで来てしまった。たどり着くまでに本格的に降り出してきそうな勢いで頭に落ちる雫の勢いは増 3034

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    重陽の節句に菊酒を作る大倶利伽羅と、それがうれしくて酔い潰れる主
    前半は主視点、後半は大倶利伽羅視点です
    『あなたの健康を願います』

    隣で動く気配がして意識が浮上する。布団の中で体温を探すも見つからない。眠い目蓋を持ち上げると腕の中にいたはずの大倶利伽羅がいなくなっていた。
    「……起こしたか」
    「どうした、厠か……」
    「違う、あんたは寝てろ。まだ夜半を過ぎたばかりだ」
    目を擦りながら起き上がると大倶利伽羅は立ち上がって部屋を出て行こうとする。
    なんだか置いていかれるようで咄嗟に追いかけてしまった。大倶利伽羅からは胡乱な目で見られてしまったが水が飲みたいと誤魔化しておいた。
    ひたひたと廊下を進むと着いた先は厨だった。
    「なんだ、水飲みに来たのか」
    「それも違う」
    なら腹でも空いたのだろうか。他と比べると細く見えても戦うための身体をしているのでわりと食べるしなとぼんやりしているとどこから取り出したのかざるの上に黄色い花が山をなしていた。
    「どうしたんだそれ」
    「菊の花だ」
    それはわかる。こんな夜更けに厨で菊の花を用意することに疑問符を浮かべていると透明なガラス瓶を取り出してそこに洗った菊の花を詰めはじめた。さらに首を捻っていると日本酒を取り出し注いでいく。透明な瓶の中に黄色い花が浮かんで綺麗 3117