勘違いから始まっとけいつか、からかってやろうと思った。
いつも女子に囲まれたり告白されたりしている男が、同じ男からキスされたら結構面白いだろうなと思っていた。
だからしてみた。たまたま2人きりだったので。
綺麗な顎をグッと掴んで、薄い頬にむちゅっとキスしてみた。
そうしたら、沢北はえっと声をあげたきり固まって、深津の顔をじっと見つめる。
あれ、笑わないのか。
冗談きついっすよ深津さん、っていつもみたいに。
「ふ、深津さん…」
深津の期待とは裏腹に、沢北はじわじわと顔を赤くして、耳まで真っ赤にして、若干涙目になりながら「……っス」と言った。
酢?
「なにが?」
「…だ、だからぁ、オレ、ほんと……嬉しぃ…っス」
嬉しい?男にキスされたのに?
「何言ってるピョン」
「えへへ、オレも、オレ、深津さんのこと好きだったから…こんなふうに告られると思わなくて、だから、不意打ちっていうか…」
告られる?誰が誰に?
…まさか、沢北が深津に?
びっくりさせるのは深津の方だったのに、なぜ今深津の方がびっくりしているのだろう。
何も理解が追いつかないのに、目の前の沢北はもじもじとしながらうっすら頬を染めている。
「告白はオレからって決めてたけど、でも!オレ!深津さんのこと幸せにします!オレも好きです!深津さん!」
沢北がガッと深津の両腕を掴んで迫ってくる。
何やら1人で盛り上がっているが、深津は冷や汗が止まらない。なんということだ。
沢北は盛大な勘違いをしている。
おそらく深津が沢北に不意打ちほっぺチューをしたのは、深津が片想いを拗らせて耐えられなくなったからだと思っている。
今更間違ったピョンなんて言えない。ましてやお前のことそういう意味で好きになったことないピョン、なんて。
さすがに悪ふざけがすぎる。
「…よ、良かったピョン」
人生で1番下手くそなセリフだった。幼稚園の頃の白雪姫の劇でもまだ上手く言えていた、深津は森の木Bだったが。
「今日からオレの彼氏ってことですよね、深津さん」
「えっ、まぁ…うん、そうピョン…多分?そう?」
そうだよな?そうなっちゃったんだよな?と自分に言い聞かせるようにつぶやいたが、沢北は嬉しそうに深津を抱きしめるだけで、最後のぼやきは聞こえていないようだった。
「嬉しいです」
さっきまで乙女のように恥じらっていたのに、いきなり顔を上げた沢北は獣のような目をして深津の顔を覗き込んだ。
あ、ヤバい本気のキスをされる。
と思ったときにはすでに遅く、深津の唇は沢北によって塞がれていた。
そして深津はその時また絶望する。
コイツに唇にキスされても、本当に全く何も感じない…ー。
犬に口をぺろぺろ舐められてるような感じだ。
本当にごめん、沢北。
そう思いつつ、礼儀として一応、と深津は目を閉じた。
沢北がそんな深津をずっと見ていたとも知らずに。