【ロミオにシンデレラ】
「ねぇ、僕と生きてくれる?」
ベッドの中から類が問うてくる。まるで、明日の天気でも尋ねるように。その類の隣を離れて丸テーブルの前に立っていたオレは、コップに注いだばかりの水を一口飲んで考えた。
問いの内容は単純だ。返答も、おおまかに三種。しかし、情事の後に何の前振りもなく発せられた意図が分からずに振り返ると、類は気だるそうに前髪をかきあげてこちらをじっと見ていた。……意図は読みとれそうにない。心の中で白旗をあげるのに合わせて軽く片手をあげたオレは、コップを手に類の所へ戻った。
「いきなりなんだ?」
「いきなりでもないさ。僕は──ずっと考えてた」
「…………」
安易な相づちを打ってはいけない気がして、黙ってコップを差し出す。類はゆっくりと一糸まとわぬ身体を起こしてそれを受け取り、こくり、と喉をならしたが──薄闇に陰ったシトリンの瞳はずっとオレに向けられたままで。無言で答えをせっついてくる。
答えないわけにはいかなさそうだ。
コップをサイドテーブルに置いてベッドに腰かけ、近くなった類の顔を手の甲で撫ぜた。
「……類は、ジュリエットとシンデレラのどちらになりたい?」
「どちらも御免だよ。悲恋は嫌だし、かといってシンデレラのように悠長に待つ時間は……僕には無いからね」
苦笑と共にコップを返される。
そうだ。類には時間がない。類の中に深く根を張って巣食っているものは、時限爆弾を抱えている。その爆弾の時計が午前零時を刻めば物語は終わりだ。だが、一番の問題は──肝心のその時計は、類自身が嫌っている今の状況下でなければそう長くはもたないというところにある。
「類。やはりこのままではダメか?」
「もう嫌なんだ。監視されるのも管理されるのも……司くんと愛し合うのでさえ自由にできない、こんな状況は」
「だが、あの薬がなければお前は……っ」
と。不意に類がオレの首に抱きついて、唇を重ねてきた。しかし、触れ合わされただけのそれはすぐに離れて、今にも泣き出してしまいそうに目を細めた。
「今のままだったら、きっと最期の瞬間に君と居ることすら叶わない。だからもし、僕と生きてくれるのなら」
──ここから、連れ出してくれ。
虫の音色にも負けそうなほどかすかな、消え入りそうな声。紡いだ唇も細い喉もわずかに震えている。話を煙に巻く事の多い類が初めて見せた──本音と、哀願に胸がぎゅっと締めつけられる。
ああ、オレはこんな顔をさせたいんじゃない。
オレは類を笑顔にしたいんだ。陰りを帯びた作り笑いなんかじゃない、本物の笑顔をあげたいんだ。
だが。
そのために、残された時間を奪うのか?
それともこのままで、笑顔を諦めるのか?
「……司、くん……っ!」
類の目尻から雫が伝い落ち。オレはたまらず、類を強く抱き締めた。情事の後だからかいつもより濃い類の匂いを肺の深くまで吸い込んで──心を決めた。
「類。オレは──」
この答えが最良なのか、最善なのか。はたまた、最低で最悪なのか。……今はわからない。でも、きっとオレはこの決断を後悔しないだろう。
そんな強い確信を胸に。
腕の中のシンデレラへ答えを告げたのだった。