君の世界『第0層〜第2層』 彼の言葉の意味が、分からなかった。
頭の中が凍りついてしまって、思考が働かなくて。ただ彼の攻撃を阻むしかなかった。
何故彼が生きているのか。いや、それよりも『あの世で俺に詫び続けろ』とはどういう意味なのか、理解できなくて。私は、彼の攻撃を跳ね返すように、正面から剣を振るっていた。
剣の切先が彼に当たる。と同時に、彼の反撃技である魔法が発動した。漆黒の魔法球がこちらへ勢いよくぶつかる。鳩尾に当たり、胃の酸が食道へと上がる感覚が、ひどく気持ち悪い。
黒い魔法球はそのまま私を包み込み、闇へと呑み込んだ。魔法の名は『ブラックアビス』。暗い深淵へと誘う、彼の究極魔法。
「ここは……?」
彼──ストレイボウの魔法で暗闇に閉じ込められていた筈の私は、見慣れた景色にぽつんと立っていた。
鳥の囀りが聞こえる木々に、なだらかで透き通った小川。間違いない、ルクレチアの森だ。
「おい、なんでこんな所で突っ立ってるんだ?」
聞き慣れた声の方を向くと、ストレイボウが立っている。
「ストレイボウ……!? どうしてここに!? 私達は魔王山で戦ってて」
「はぁ? 何の話をしてるんだよ。白昼夢でも見たのか?」
「え、えっと……?」
「全く、これから武闘大会だっていうのに呆れるぜ。剣士様は余裕だな」
状況が読み込めない。ストレイボウの話によると、私達は武闘大会に向かう途中だったらしい。となると、私は本当に、長い夢を見ていたのだろうか。
「ストレイボウ、は」
「何だよ」
「いや、何でもない」
夢の話をしようと、口を開く。しかし直ぐに閉じてしまう。何故だろう。彼には何でも聞けたのに、何でも話せたのに。
「その……変な夢を見たんだ」
「あぁ、さっきの白昼夢か? お前にしては妙にぼうっとしてたな」
「そうなんだけど……その」
「何だよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
彼が、そう言うならと、私は油断していた。その油断や甘えが、彼を狂気に走らせたのに。
「ストレイボウは、その、私に不満とか、あるの?」
心臓がバクバク音を立てる。意識しなくとも心の臓の場所がわかるほどに。口はカラカラに乾いて、次の言葉を上手く紡げなくて。
「なんだ、そんな事か」
ストレイボウはくすりと笑う。私は、何だかホッとしてしまって、呼吸を整えようとした次の瞬間。
「そんなんだから、俺に嵌められるんだよ」
彼の微笑みが、侮蔑にまみれた笑みに変わる。背筋がぞわりとした。ストレイボウは小川に私を突き落とす。そこは小川の筈なのに、全身が沈んで、水深が見えなくなる程深くなっていて。水から上がろうにも、服と鎧の重さで上がれない。
「水の底で反省するんだな」
ストレイボウが、川の上でせせら笑っている気がした。
「うわっ!」
水深に着いたや否や、今度はそこに穴があったかのように、水深から空へと突き抜け、地面に落ちた。
そこは空に水膜が張られていて、そこから私は落ちたらしい。地面には白い花が咲き乱れ、花の香りが漂っていた。
「だ、誰…!?」
人の声。それも聞き覚えのあるような、無いような。
「な、なんだ、オルかぁ。驚かせないでよ」
「ストレイボウ……!?」
そこに立っていたのは、幼い少年の姿をした、ストレイボウだった。