君の世界『第2層〜第3層』 「ストレイボウ……なのか?」
「そうだよ。どこからどう見てもそうでしょ?」
その姿は幼く、声も高い。それに、小さな女の子が着るワンピースを着ている。
それでも斜に構えた態度や声音から、私はストレイボウだとすぐにわかった。長い付き合いだからこそ、だ。そうでなければ、幼い頃のストレイボウに似ている女の子、で終わってしまっていただろう。
彼は、幼い時は魔除けの為に女装をする事が多々あったのだ。
「ストレイボウ、ここはどこなんだ? それに君は……どうしてそんな姿に」
「そんなの見ればわかると思うけど。俺の世界だよ。全く、そんな事も理解できないの?」
はぁ、と彼は溜息をつく。頭が追いつかない。魔王山での出来事、小川に突き落とされた自分、そしてこの花畑と小さなストレイボウ。理解しろと言われても無理だ。
「まぁ、いいや。せっかく来たんだし遊ぼうよ。俺はオルをいじめたりしないよ」
「いじめるって」
「魔王山の時みたいに」
「……っ!」
彼は、覚えている。今までの出来事を。この場所が彼の世界というのなら当たり前の話だが、こう直接指摘されると身体が強張ってしまう。親友に怯えるなんて、普通はありえない筈なのに。
私はこんなにも、彼に怯えている。
「そんな構えないでよ『魔法ごっこ』するだけだから」
「魔法ごっこ?」
「そう! 俺が覚えた魔法をね、オルに掛けるから、オルは逃げて欲しいの!」
ストレイボウは目を輝かせている。それこそ、新しい玩具を買ってもらった子供のように。
「『ごっこ』ってことは、魔法じゃないのか?」
「魔法だよ?」
「え」
「いくよ!『敵を穿て、火の魔弾!』」
「うわっ!」
文字通り火の魔弾が、こちらに向かって襲いかかる。走って避け切ると、ストレイボウは木の棒を持ってきゃっきゃと笑っていた。威力は低いが、これはレッドバレットに違いない。
近くの花が、黒く焼け焦げている。
「次は……『銀の風よ、敵を貫け!』」
今度は鋭利な氷の塊が追いかけてくる。当たったらひとたまりもない。右へ左へと走って避け、自分も剣を振り回し氷塊を壊す。
「すごい! オルいっぱい遊んでくれる!」
「やめてくれ! こんなの遊びじゃない!」
これは、遊びじゃなくて実戦じゃないか。下手したら大怪我してしまう!
「なんだ……やっぱり遊んでくれないんだ。そうだよね、魔法で遊ぶなんてつまんないよね……」
「そうじゃなくて、その」
上手く言葉が出てこない。ストレイボウは、私が憎くてこんな事をしている訳じゃないと、そう信じたい。彼は子供で、心も幼いから、加減が分からないだけなのだ。
「オルも、もう遊んでくれなくなるの?」
「え……?」
「オルは、俺と違って力があるから。剣士になってもっともっと凄くなるんでしょ。強くなって偉くなって、遠い所に行っちゃうんでしょ」
「行かないよ。私はストレイボウとずっと一緒だよ」
「嘘だよ! だって偉くなったじゃん! 姫様と結婚するんじゃん!」
「そうだけど、それと離れ離れになるのとは違くて」
「離れ離れだよ! 俺は簡単にお城に入れないもん! もうオルと遊べないんだ! うわああぁん!」
ストレイボウは、出会ってから今まで見たことがないくらい、わんわんと大声をあげて泣いた。
「オルのばか! 嫌い! だいっきらい!」
大粒の涙を流して泣くストレイボウを、私は膝をついて、優しく抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だ。ストに会う日も、一緒に過ごす時間も、ちゃんと作るから」
「……本当に?」
「ストは、私の大事な人だから」
「……でも、オルは大事にしてくれない。おれ、オルの為にいっぱい頑張ったのに、全然気づいてくれない」
「私は……」
ストレイボウには感謝しているつもりだ。だが、それを上手く伝えられなかったのだろうか。
「もっと大事にしてよ……もっとわかってよ……」
「うん」
ストレイボウは私の服の裾をぎゅっと握りしめる。やがて落ち着いたようで、泣き止んでくれた。目が真っ赤に腫れている。
「よしよし、ストは、私にとってとても大事な親友だよ」
幼い彼は涙目で笑った。だが、何故だか寂しそうにも見えた。
「えっとね、この崖から飛び降りれば下の層に行けるよ。また別の俺がいるから、そいつと話してやって」
「え、下が見えないんだけど……。怪我どころか死んでしまうんじゃ」
「言ったでしょ? ここは俺の世界。死んだりしないよ」
私とストレイボウは、花畑の端にある、そこが見えない崖に立っていた。下は真っ暗で何も見えない。
「流石にその、心の準備が」
「えいっ」
ストレイボウに背中を押され、崖の足場が消える。ふわっと空を飛ぶ感覚に襲われ、そのまま奈落の底に落ちていく。叫ぶ余裕もなかった。
「ぶっ!」
柔らかい大きなクッションに叩きつけられる。反動で跳ねて、何度か跳ねて。どうやらストレイボウの言う『下の層』にたどり着いたようだ。
クッションらしきものは、人間一人覆えるくらいの傘があるキノコ。とても食用とは思えない斑点模様が付いていた。周りは洞窟のように暗く、ぽつぽつと小さなキノコから明かりが灯されていた。
「……ん、オルステッドか。もう少し静かに出来ないのか?」
今度は、大人の姿のストレイボウ。彼は机に向かって作業をしていた。ただ現実と一つ違うのは、彼は普段掛けない眼鏡を掛けていた。