君の世界『第3層-2』 「君も……ストレイボウ、なんだよな?」
「そうだよ。見ればわかるだろ」
目の前のストレイボウは、いつもは私より少し背が低いのに、背が高くて、ローブではなく暗い色のシャツとズボンを履いていた。相変わらず、すらっとした体型をしている。
彼の姿を見て、何となくだが、この世界の事が理解できてきた。
世界自体が、何層にも分かれていて、深淵に繋がる洞窟のように下に降りるしか道はない。そして、その層ごとに様々な姿や性格をしたストレイボウがいるようだ。
だが、下に行けば行くほど、現実世界のストレイボウとはかけ離れていく。特に性格が。
「ちょっと静かにしててくれないか、今数式を解いてる」
ストレイボウはそう言って、再び机に向うと羊皮紙に羽根ペンを走らせている。
そっと、音を立てないよう彼が向き合っている紙を覗き込んでみる。
ミミズが走ったような字、それに何かの模様。
「レッドコートがこの式だから、この数式を当てはめれば……クソ、最初からやり直しか」
ストレイボウはぶつぶつ呟きながら、再び羊皮紙に向かう。私も簡単な読み書きはできるけれど、今目の前にある数式らしきものは全く読めない。記号か、または『図』に見えてしまい、読むためのものと脳が認識しない。
「ストレイボウ、勉強?」
「そうだよ。剣士様のお前と違って、俺は勉強しないと食っていけないからな」
まただ。ストレイボウお得意の皮肉。彼は剣士に対しあまり良い印象を持っていない。どうしてだろう、剣士も魔導士も、努力しなければならないのは同じなのに。
「そんな必死に勉強しなくても良いんじゃない? たまには休憩とかしてさ」
「お前に何がわかる!」
ストレイボウが怒号を上げる。その怒鳴り声に、私は足を一歩引いてしまった。
ガシャン。インクの瓶が倒れ、羊皮紙が黒く染まっていく。
「俺には時間がないんだ……時間が。もう、ギリギリなのに。そもそもお前が遠くに行くから、もっと時間が無くなって……」
ストレイボウの拳がギリリと音を立てて握りしめられる。彼は下を向いていて、表情は読み取れない。
上の層の小さなストレイボウも言っていた『遠くに行く』とはどういう事だろう? 私はストレイボウとずっと共にいるのに。再会できて嬉しかったはずなのに、彼はどうして──
あれ? ストレイボウは、魔王山で何か言っていなかったか? あの時はショックであまり覚えていないけれど、確か。
『俺がどんなに努力しても、お前はその上を行っちまう!』
もし『その上』が『遠く』ならば、私はストレイボウの言う努力を超えてしまったという事か?
でもどうして。ストレイボウだって立派な魔導士なのに。そもそも剣士と魔導士なんて比べようがないのに、比べることなんて、出来ないのに。
「ストレイボウ、私達はライバルだ。君は十分凄いと思う。でも本来は比べることなんて出来ないんだよ。そもそも職業が違うんだから──」
「偉そうな事言ってんじゃねぇ!」
ストレイボウは髪を掻きむしる。
「お前に何が分かる! わかられてたまるか、わかられてたまるか!」
そのまま、ストレイボウは蹲る。ぶつぶつと何かを呟きながら。
「俺が出来損ないだから、オルも母さんもみんな……魔法だって上手くいかない。もうおしまいだ、どうしたら、どうしたら……」
とても話しかけられなかった。
ストレイボウからは近寄りがたいオーラのようなものが漂っていて、次話しかけたら、それこそ攻撃されるんじゃないかと思うくらいに。
「……っ!」
ストレイボウは急に立ち上がると、私の顔を見て、さぁっと顔を青くした。
「どうしたの!?」
「来るな! 近寄るな!」
言って、ストレイボウは洞窟の奥へと駆けて行く。私は反射的に彼を追っていた。小さな光るキノコの灯りを手掛かりに。