君の世界『第4層-2』 「さっきぶりだね、オル」
「君は、どうしてここに?」
小さなストレイボウは、つぶらな瞳をくりくりさせて私を見上げている。
「だって、このままじゃ全然先に進めなさそうだったから」
「あぁ、そうだな……。違う世界に何度も飛ばされて。でもここは同じ層なんだろ?」
「オルにしては察しが良いね」
ふんっ、と彼は腰に手を当て、胸を張る。
「私にしては、か……。そうかもしれないな」
「認めちゃうの!? そこはもっとさぁ、反応して欲しかったんだけど」
小さなストレイボウは、今度はむっとした表情でこちらを見つめる。ストレイボウは、幼い頃はこんなに表情豊かだったろうか?
うまく思い出せない。
「そういえば、君の事は何て呼べば良いだろうか」
「俺は俺だよ。ストレイボウ」
「それはそうだけど、ここにはストレイボウが沢山いるじゃないか」
「あぁ、そうだね……。うーん」
彼は顎に手を当て、視線を下へと向ける。この癖も幼い頃からあったのかもしれない。
「あのさ、ストレイボウは魔導士だから、君は『導師』君とかどうかな?」
「『導師』?」
「うん、導く師匠の導師。君はこの世界で迷っていた私を導いてくれたから」
「そ、それ凄くいい! そう呼んで欲しい!」
導師君は目をキラキラ輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねる。どうやらこの呼び方が気に入ったようだ。
「で、この迷路を抜け出すにはどうしたらいい?」
「全部俺任せじゃだめだよ。ここは俺の世界、今まで見た世界の中でヒントがあるはずだよ?」
「ヒント……?」
今まで見てきた世界。ストレイボウが勇者の世界、ストレイボウが女性になった世界、魔法が主戦力の世界……。
全てに共通点があるとは思えないが。
「ストレイボウが勇者で、魔法が主戦力なのは分かる。あいつは魔法の不遇さに嘆いていたから」
「うん」
「でも、女性になった世界は分からないな……。わざわざ弱くなる必要があるか?」
「あぁ、そうなっちゃうかぁ。そうだよね、でも……えーっと」
導師君はうんうんと唸りながら、言葉を選んでいる。
「女性になるメリットって言えばいいのかな。わざわざ身体が弱くなっても女性でいるメリット。俺の望んでること……当ててみて」
「ストレイボウの望みか……」
あいつの望み。強くなる事、私に勝ち続ける事、それから。
「わから、ない……」
「ああーっ! もう! 鈍いなぁ! オルが気づくまで、教えてあげないからね! そうじゃなきゃ意味ないんだから!」
導師君がそっぽを向いてしまった。まるで好きな子に振り向いて貰えず、拗ねているような。
……まさか。
「ストは、私の事を……?」
それが本当ならば、彼は気持ちをずっと秘めていたのか?
「ストレイボウは、私の事を異性として、いや恋愛対象として見ていた……?」
「うーん、そうと言えば、そうかもしれないね……。似てるけど違うような、でもそうかもしれない」
「どうして導師君が迷っているんだ」
「俺は上の層の存在だから深い意識までは分からないの! オルがそんなんだから俺が怒るんじゃん」
理不尽にも怒られる。でも、好きな相手に気持ちが伝わらなかったら、怒るのも仕方のない事なのかもしれない。それが恋する乙女ならば。
──ストレイボウが乙女かどうかは置いておいて。
「正解じゃないけど、ハズレでもないとだけ言っておくよ。今のオルなら次の世界でも大丈夫だと思う。いってらっしゃい」
眉尻を下げ、導師君は軽く手を振る。次の瞬間世界が反転して、何度目かの地の叩き付け
に逢った。
「痛った……」
「うわ、今日転びすぎだろ。怪我するぞ……?」
聞き慣れた声がした。ストレイボウの声。家の床に転がり込んでいる私を、彼が覗き込むようにしゃがむ。視線の先には、長い紺色の髪が、床に流れていくのが見えた。
「ストレイボウ」
「どうした。どこか痛むか?」
「私と君は、結婚しているんだよな?」
「は? そうだよ……。今更何だ、頭でも打ったのか?」
「そうか……」
今ので確信した。ストレイボウは私を。
「ストレイボウ、私は君が好きだ」
「はっ!? 急にどうした!? 本当に医者に行った方がいいんじゃ……!」
「大丈夫。君の気持ちを大切にしてあげられなくてごめん。上手く受け止められるか分からないけど、私も君が大切だし、一緒にいて欲しい」
「な、なんだよ急に……何かのご機嫌取りか? まさか浮気してるんじゃないだろうな」
そう言いながらも、彼(いや彼女だろうか)は倒れた私を起こしてくれる。
「ま、まぁ、今日の夕飯くらいはお前の好きな物作ってやるよ」
導師君と同じく、そっぽを向いた彼の頬は、林檎色に染まっていた。
それを微笑ましくみていると、今度は床が溶けて、再び奈落の底へと落ちる。
「オルステッド!」
ストレイボウが、上から手を伸ばし叫んでいる。
どうしてだろう。今までの彼らは積極的に下の層へ落としていたのに、彼だけは、引き止めようとしている風に見えたのは。