『ブラッド・ビームス 結婚』 言い訳をさせてくれ。
「あっ、これサウスのやつらの出てる広告じゃねーか」
ジュニアのそんな声を聞いて、そういえばウィンタースポーツウェアのブランドの広告に起用されたとかそんなことをブラッドから聞いた気がするな。とオレは隣を歩くお子様に無理矢理制定された禁煙日のせいで寂しい唇に触れながら、つられるように視線を上げた。
言い訳をさせてくれ。
もう10年以上ヒーローなんてものをやっていれば、そりゃあいろんな宣伝塔にされた経験があるし、LOMでどう考えても年齢や体格にそぐわないようなトンチキ衣装を着せられた経験だってある。最初の方こそいちいち照れたり恥ずかしがったり躊躇ったりしていたが、もはやなるようになれ、好きなようにしてくれのスタンスだ、下手に抵抗しない方が仕事が早く終わるならそれに越したことはない。
だから、オレと同じだけヒーローをやっているブラッドのやつもそのあたりの経験はと同じ……いや、あいつは昔からファンが多くてメディア受けしていたからオレなんかよりも余程の場数を踏んでいる。いつだったか、女性向けコスメブランドの広告に起用されたこともあったっけ。それを大笑いしていたらその数ヶ月後に俺の方は下着ブランドの(それも女性用の。広告主は気が狂っていたのか?)オファーがきたものだから、同じようにブラッドににやにやした目でみられた。珍しく。
そういうわけで、メジャーヒーローなんかやってる奴らは、悲しいかな自分の顔がネットでフリー素材よろしく扱われているのも残念ながら慣れてしまっているし、トンチキ衣装を着ることも、着ている同僚を見るのも慣れているのだ、本当に。
だから言い訳をさせてもらうとすると、オレのその広告をみた瞬間の反応は、予想していたものと目に映ったもののギャップによるものであってそれ以上のものでは無い。神に誓ってもいい。信じちゃいないが。
ショーウィンドウの代わりとばかりの大きな電子広告板には、確かにオレの想像通りニューミリオンが誇るメジャーヒーロー、ブラッド・ビームスの顔面が大写しになっていた。
しかし、そこに映っていたのは先日何かで見かけた濃紺のスキーウェアに身を包んでゲレンデを滑り降りる男の姿でも、ゴーグル越しの真剣な眼差しが女性にキャーキャー言われていたはずの別ショットでもなかった。
『今日をこれまで以上に特別なクリスマスにしたいんだ』
洒落たフォントでそんな煽り文句が踊っている。髪をオールバックにした、けれどヒーロースーツを着ている時よりは幾分ラフに整えられた髪型が決まっていた。ダークグレーのスーツがよく似合う。彼は濃紺のベルベットに包まれた小箱──形状からして十中八九指輪の入ったジュエリーボックス──に唇を寄せ、嫌味なほどにセクシーな流し目をこちらに送っていた。
……は??
どうみてもスポーツウェアの広告ではない。呆然としているオレの目の前で、電子広告は次の広告へと切り替わる。鳳アキラ……ブラッドが面倒をみているルーキーだ。
『あー、その、ほら。2人で過ごす初めてのクリスマス……だろ?』
ブラッドとは異なり彼はスーツでは無いようだが、カラーシャツとライトグレーのセットアップの組み合わせは、普段彼が選ばないであろうということはわかる。
顔を赤くしながらそっぽを向いて、こちらに細長い箱──こちらはネックレスボックスだろう──をどこかぶっきらぼうにも見える仕草で差し出している姿は彼らしさを感じさせた。
「へー、前に言ってたのってこれかぁ」
隣に立つジュニアのしみじみした声音にはっと意識が引き戻される。
「ふぅん、お前もこういうのやってみたいの」
視線を広告から剥がしながらジュニアを揶揄うと、彼は寒さで赤くなっていた耳をさらに真っ赤にして「そんなんじゃねーよ!!」と声を張り上げた。
「アキラのやつがCM撮影したとかなんとか言ってたからどんなもんだと思っただけだっつぅの!」
「あーはいはい」
このルーキーのやる気満々な姿には眩しさを覚えると同時に辟易もしてしまうが、まぁ、エリオスの未来は明るいと思っておくことにしよう。アキラと揃うと一層うるさくなってうんざりするが、同期に切磋琢磨しあえるライバルのような存在がいるというのはいいことだ。特に親父の名前と今期最年少期待のルーキーの名前を背負っている彼には。アキラには悪いが、しばらくは同じ精神レベルでやり合っていて欲しいところである。可能であれば、もう少し、静かに。
ほら行くぞーとジュニアを急かしながら最後にもう一度横目で広告をみやる。
そこには疎いオレでも名前くらいは聞いたことのあるジュエリーブランドのロゴが表示されていた。
「あっ」
あの後ディノとフェイスと合流し、寒さで身を縮めながら揃ってタワーへ戻ってきたオレ達は、エントランスで同じく今期のルーキーであるガスト・アドラーと何やら楽しそうに歓談しているアキラの後ろ姿を見つけた。
先にこちらに気が付いたガストが軽く手を挙げて挨拶してくるのにこちらも手をあげ返す。それをみてこちらに気が付いたらしいアキラも振り返って手を振った。
「今パトロール終わりか? お疲れさん」
「今日めっちゃ寒いよな。オレらも午前中パトロールだったけど、マジでオスカーが凍りつくんじゃねえかって冷や冷やしたぜ」
エレベーターは彼らの向こう側にあるので自然と歩み寄って話をする流れになる。以前であれば興味がないとばかりにひとりで戻っていたであろうフェイスもなんだかんだで留まっていることに些細な変化を感じて、いちメンターとしてなんだか感慨深く思った。
「ありがとう。2人は休憩中か?」
「あぁ」
「あっ! そういえば見たぜ! サウスの広告!」
せっかく寒さのおかげで忘れかけていたというのに。いや嘘、全然忘れてない。
「広告?」
アキラは丸い目をさらに丸くして首を傾げた。
「どっちの広告だよ」
「あのアクセサリーショップの方」
「あぁ……どうだった? 天才のアキラ様はモデルもバッチリだったろ?」
「はぁ? おれだってあれくらいできる!」
得意げに腕を組んで胸を張るジュニアが彼に噛み付くのも見慣れた光景だ。子犬のリードをひくようにどうどうと宥めていると、「あれ?」とディノが首を傾げた。
「サウスがCMに出るっていうのは俺も聞いてたけど、スキーとスノボのウェアのCMじゃなかったっけ。アクセサリーブランドのCMにも出たのか?」
「最初はそれだけって話でブラッドも受けたらしいんだけど、司令部の方で伝達ミスがあった? とかなんとかでもう一本ねじ込まれたんだよ。なんだっけ……ミリオンジュエリーのクリスマス限定モデル? かなんかの広告ってやつで」
「ネットで結構バズってたよね。サウス研修チームヒーローモデルのジュエリーも出るんでしょ? エリチャンでも話題になってる」
「そうだったのか。スケジュールとか結構調整大変だったんじゃないか? お疲れ様」
ディノに労わられて、アキラは黙って肩をすくめた。彼もジュニアと同様であぁいった仕事はヒーローのやることじゃないと考えていそうだが、それを口に出さないのは彼も成長しているからかもしれないし、オレ同様諦めに入っているからかもしれない。
「でもあぁいうの、お前ミス連発したんじゃねえのー?」
「あー確かに。俺も広告見たけどちょっと小っ恥ずかしいよな、あぁいうの。アキラは慣れてないんじゃないか?」
「うるせぇな……そりゃ始まる前はオレもウィルも結構緊張してたけど、いざ始まったら全然。ミステイクも1、2回出しちまったけどあとはバージョン違い? かなんかで何回か撮ってお終いだったぜ」
「へぇ、意外。もしかしてあぁいうの案外慣れてたりするの?」
ジュニアとガストに噛み付いて、フェイスの揶揄うような声音にちょっと視線を泳がせたアキラは、あー、とうめきながら髪をかき回した。
「まぁな! って言いてぇけど……オレとウィルよりオスカーの方がガッチガチだったんだよ。横に自分より緊張してるやつがいたらなんか緊張しなくねぇ?」
「あー……」
ディノとフェイスが想像できると言わんばかりに苦笑する。
「マジで全然うまくいかなくて一回中断して先にブラッドの撮影に入ったんだけどそれで余計にブラッド様にご迷惑を……って真っ青になっちまってさ。オレとウィルで慰めて、最終的にカメラの真横でブラッドが仁王立ちしてそれでなんとか撮影したんだよ。子供の記念撮影の時みたいに。……これ、オレが話したって内緒にしてくれよ? 余計なこと言うなってオスカーよりブラッドとウィルに怒られちまう」
肩を竦めるアキラに他言しないと約束して、エントランスを後にする。早くシャワーであったまらないと手足の先から凍ってしまいそうだ。
今日の予定はこのパトロールで終了なので、あとは報告書をなんとか捻り出せば正真正銘今日の業務は終了だ。
シャワーを浴びてさて、仕事終わりのビールでもとリビングに顔を出すと、共用のソファでフェイスとディノがタブレットを覗き込んでいるところだった。
「何見てんだぁ?」
「あっキース。さっきアキラくんが教えてくれたサウスのみんなが出てるCM。ほら」
差し出されて仕方なくタブレットを覗き込むと、先ほど街で見た広告をそのまま映像にしたものが流れていた。通常のCMで15秒バージョンと30秒バージョンが、さらに4人をモチーフにしたアクセサリーのCMが30秒バージョンあるようで、あの広告の宣伝文句をそれぞれのヒーローがあの決めポーズとともに口にしている。
「はは、確かにあぁ言われるとオスカーがミステイク連発してたのが想像できる気がするなぁ」
「特にこういう仕事はちょっと苦手でしょ、オスカーは。……へぇ。4人のヒーローをイメージしたアクセサリー、予約受付中だってさ。受注生産で」
「へぇ……だけどブラッドと……オスカー辺りのファン層はともかく、アキラとかウィルのファンにはちょっと手が出ねぇんじゃねぇの。要は宝石店ってことだろ」
「確かにアキラのファン層には子供も多いらしいけど、結構年上にも人気らしいよ。ウィルは結構年上のお姉さんに人気みたいだし」
肩をすくめるフェイスに、そういうもんかとソファに腰を下ろす。アキラと言えばLOMでもちびっこからため口で応援されている印象が強かったが、あれで案外年上のお姉さんからちやほやされているのかもしれない。
「コラボデザインってことで他のクリスマスジュエリーに比べたら価格も抑えめみたいだぞ。えーっと……アキラくんがネックレス、ウィルくんがブレスレットでオスカーがピアス。ブラッドがリングだってさ」
「へー」
広告を見たから予想はついていたが。空返事で冷えたビールを喉に流し込む。やはり仕事終わりのいっぱいは格別だ。
「SNSでブラッドの名前検索したらサジェストに『結婚』って出てくるよ」
「ゲホッ」
むせた。なんだって? 結婚?
「えっ!? ブラッド結婚するのか!? 俺たち何も聞いてないぞ?」
「アハ、そうじゃなくって、ほら、あいつのモチーフアクセサリーが指輪でしょ。だからブラッドモチーフの指輪をつけられるなんて実質ブラッドと結婚したようなものじゃないか、ってファンの女の子たちが騒いでるみたい」
そう言ってフェイスがエリチャンの検索結果を見せてくる。実質結婚ってなんだよ。
「へぇ~最近の子は面白い事考えるんだな!」
オレたちの中で一番流行に敏感なディノがそういうならオレとブラッドのやつはどうなるんだよ。化石か?
フェイスはそうやってひとしきりディノと話をした後「じゃあ、今日はクラブに顔を出すから」とリビングを出て行った。その背中にディノが行ってらっしゃいと声をかけているのを後目に新しいビールを空ける。
「キースもほどほどにしとけよ?報告書まだ書いてないだろ。ブラッドに怒られるぞ?」
「まだ2本目だろ……」
「そうだ、この前開拓した新しい宅配ピザの店、Lサイズを一枚頼むともう一枚無料のキャンペーンやってるんだ。キースも食べるだろ?」
どんなキャンペーンだそれは。ただ、腹が減っていないわけではないし、曖昧に頷いておく。余れば冷凍しておけばいいだろう。
そうと決まればとウキウキしながら注文ページを眺めているディノを横目にビールを煽ると、そういえばとディノがこちらを振り返った。青空みたいな目がやけにキラキラしている。
「ミリオンジュエリーのブラッドの指輪、男性向けのサイズも展開してるみたいだぞ」
オレが本格的にむせたことは言うまでもない。