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    _nishikigi_

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    春宵一刻のその後曦澄の冒頭です。尻叩きに!

    #曦澄

    月が昇り始めた夜半、蓮花塢の厨に男ふたりが忙しなく動いている。正確には一人が動き回り、もう一人がその男について回っているだけではあるが。

    「魔法のようだ」

    ついて回っている方の男がぽつりと呟く。藍曦臣は、意気揚々と料理の手伝いを申し出て、つい先ほど蓮花塢の主人にあなたは手を出すな!と免職を申しつけられたばかりだった。まな板の上で大ぶりの鯇魚(タンユイ)の頭を落としながら、江澄が片眉を上げてにやりと笑った。魚の下処理を終えてさっと油にくぐらせると、何やらみじん切りにした野菜と水に溶いた片栗粉を追加して、小鍋の蓋を閉じる。同時並行で細長い麺を茹でながら、今度は水にさらした蓮根を取り出し、目にも止まらぬ速さで薄切りにしていく。厨でひときわ存在感を放つ大鍋に油をうすく引き、葱、生姜、辣椒、そのほか藍曦臣の知らぬ色とりどりの薬味が放り込まれると、ジュワッという音を立てて水蒸気がもくもくと上がった。江澄の体格のわりに細い首筋から、汗の粒が流れ落ちていく。なんとなく、目を離せなかった。江澄が思い出したように呟いて、我に返る。

    「いつだったか、阿凌の世話をしに金鱗台に行ったとき、金光瑶からあなたの話を聞いたことがある」
    「どんな話かな」
    「射日の折の話だ」

    なんの話だったか当ててみてくれ、と江澄が笑う。かつて、金光瑶から苛烈な江宗主の意外な一面について何度か聞いたことはあったが、まさか自分のことも相手に伝わっていたとは。当時は意識もしていなかったが、好いた相手に自分の情けない姿が伝わっていたのかもしれないと思うと、急に気恥ずかしくなる。魚を焼くときにわたをとり忘れていたことだろうか、それとも野営中に火を起こそうとして火事になりかけたことだろうか…などとつらつら考えていると、いつの間にか江澄に覗き込まれていた。

    「そんなに考え込んで、俺に聞かれたくない話がそんなに多いのか?」
    「そういうわけではなくて…!」
    「わかってる、俺が聞いたのはあなたが洗濯しようとして衣を破いた話だ」
    「お恥ずかしい限りだよ…」
    「なんでも完璧にこなす沢蕪君の意外な弱点を知れて当時は結構嬉しかったぞ?」

    全く余計な話をしてくれたものだ。ゆったりとした袖をまとめ上げていた白い襷をほどきながら、料理もできたし室で食べよう、と江澄が歩き出す。その後を追いながら、射日の折に何くれとなく世話を焼いていてくれた義弟の姿を思い起こす。彼を脳裏に思い浮かべても前ほど心が押しつぶされないのは、間違いなく先を歩く紫衣の男のおかげだった。春の金鱗台で再開してから早四月あまり、互いに執務や夜狩に忙殺され、できることといえば文のやりとりばかり。今夜の藍曦臣は雲夢の近くで藍氏の夜狩を終えた後いてもたってもいられず、藍思追に門弟たちを預けて先触れもなく蓮花塢に降り立ったのだった。こうして久方ぶりに会えた実物の江澄を前にして、鼓動がうるさく高鳴っている。

    春が過ぎ、夏も盛りの蓮花塢で、紫白の衣が夜風に舞った。
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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
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     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
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    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
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     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
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     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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