【たまひよ】今日はずいぶんと風が強い。天気予報は雨が降るとも言っていた。 野々宮は、空に重々しく横たわる雲に目をやると、早々に洗濯物を部屋の中にひっこめた。自分と彼の、2人分の洗濯物を処理するのにも、ずいぶん慣れてきた。薄手のもの乾いているが、厚いものはもう少し時間がかかりそうだ。乾いているものだけを床に置き、湿っているものは乾燥機のある部屋に干す。またベランダに通じる部屋に戻って、乾いたものを畳み始める。 今日は、久しぶりに一人での休日だ。今畳んでいる下着の持ち主は、現在仕事中。上司に引き留められて、何かの研究の手伝いをしているらしい。 本当は、二人でのんびり過ごそうと思っていたが、仕事に盗られたのであればしかたない。洗濯物を必要以上に丁寧に畳み、タンスにしまう。それで、今日やらなければいけないことは終わってしまった。 また薄暗くなっていく外を見ながら、彼は傘を持っているだろうか、とか、お昼は何を食べたのだろうか、とか、彼のことばかりを考える自分にきずき、苦笑いしてしまう。昔はこの家で一人、幻覚におびえて生きていたような気がする。その頃とは打って変わって、穏やかな生活になったのも、彼のおかげだ。彼が自分の全てをいい方向に変えてしまったようだった。それゆえに、この先のことを考えると、以前より一層、今の空模様のような気持が胸に広がるのであった。 ぼーっと窓越しに空をながめていると、ぽたり、ぽたりと雨粒が落ちてくる。それはすぐに土砂降りの雨に変わった。あぁ、この雨はどれくらい続くのだろうか。彼が駅に着くころまで続いてくれれば、迎えに行く口実になるのに。 そんなことが頭に過ったとき、スマホから軽快な音が響き、画面が点灯する。スマホを手に取り、通知を見ると、彼の名前の下に『今終わったので帰ります』の文字。それを確認すると同時に、通知内容は『画像が送信されました』となる。スマホのロックを外し、アプリを開くと、車に乗ったかわいらしい犬のキャラクターのスタンプが送信されていた。『了解です。こっちは雨が降ってるけど、傘は持ってる?』とトグル入力でぽちぽちと返信を打ち込む。そして、犬のキャラクター一覧から、傘を模したものを選択した瞬間、『傘持ってないです。降る前に帰ろうと思ってたのに~』の通知。傘のスタンプは、その下に表示された。『わかった。迎えに行くね。食材の買い出しも行こうと思ってたから一緒に行こう』と再度返信。次の返信は早かった。『本当ですか?ありがとうございます!』『36分にそちらに着く予定』。『了解、気を付けて』と返信。次はしっかりとスタンプを真下につけることに成功した。 「30分までに支度しなきゃ」 野々宮は誰に言うでもなくひとり呟くと、先ほどよりも和らいだ表情で、冷蔵庫の中身の確認をはじめるのであった。