博物館のひと(🎄番外編)(1)
今日は12月24日クリスマスイブ。
まあ、この国においてイベント的な位置づけである故に、イブの方が盛り上がるのも無理はない。
子ども達は明日の朝に届くプレゼントを期待して、ベッドで眠っているんだろうこの時間。
同じ寝るでも意味が違うこの状況。
大人って複雑だよな。
「門倉さん。何考えてるんですか?」
若い恋人が、上から覆い被さるようにしている。
さっきまでは2人で、形ばかりのパーティーだってんでシチューやチキンを食べ、食後のケーキを食べていたよな?
なんか唇の端にクリームが付いてる…とかなんとか言って、なし崩しにキスをして。
そのままソファに押し倒されて…
「宇佐美……まて…」
「嫌です。待てません」
俺が勤める博物館に、実習生としてきた大学生の宇佐美。
彼と付き合うようになって4ヶ月経つ。
お互い前世の記憶があって、付き合ってからも色々あった。
恋人同士になったのだからと、半ば強引に身体を重ねたのは付き合った直後だ。
…まあ、最初で最後までいけるはずもなく。
その後、何かっていうと押し倒され、揉まれ、指で慣らされ…
いつの間にか奧の奥まで開発され…
先週もたっぷり抱かれたばかりだ。
まあ、何が言いたいかって言うと…
「…無理だってばぁ…」
「何言ってるんですか!今日はクリスマスイブですよ?恋人達の性なる夜なんですよ?!」
性なる夜って…
20代。
ヤリたい盛りなのは分かる。
でもねオジサンなのよ、俺。
クリスマスイブに託けてこのまま抱かれれば、朝まで続くのが目に見えている。
そんな事になったら俺、明日使いものにならなくなる!
「だいたい、今日は泊まらないって約束だろ?!」
「それはそれです」
「おい!」
ええ~、俺との約束って簡単に反故にされちゃうのぉ…。
「本当に無理なんだよ!…明日、予定があるから…」
「…明日?」
明日は12月25日。
世間はクリスマスだが、敬虔な宗教家ではない俺にとっては、別の意味で大事な日だった。
「明日は鶴見の誕生日だろ?俺達旅行に行くことになってるんだ」
12月25日。
俺の親友である鶴見の誕生日だ。
ピタリと宇佐美が止まる。
顔が見れねぇ…
鶴見の事となると、宇佐美は恐ろしいほどの執着をみせるから言い出せなかったのだ。
だから今日は、泊まらない事を条件に家に入れ、明日は黙って行くつもりだったのに…
「お互いいい歳だし、物貰ってもあれだからって、誕生日はお互い旅行を贈ることにしてるんだよ」
すると宇佐美が確認するかのように、ゆっくりと言った。
「鶴見さんと、門倉さんが、"2人きり"で旅行に行くって事ですか?」
"2人きり"を特に強調して言われる。
そうだよな。
そこに引っかかるよな。
「…この旅行は、お前と付き合う前から決まってたし…俺に取っちゃ大事な友達だし…温泉だから痕とか困るし…」
何も悪くないのに、モゴモゴと言い訳がましく言ってしまう。
宇佐美は、大きくため息をつく。
チラッと見れば、酷く悲しげな顔をしていた。
俺はハッとなって、手を伸ばそうとしたが、次の宇佐美の言葉に唖然とした。
「鶴見さんと旅行!!しかも2人きりで!!!」
あ、そっち?
浮気者~、とかじゃないんだ。
…なんか、モヤッとする。
ほんと、鶴見第1主義だよな。
「…そういう事なら…なんか苛つきますけど、鶴見さんに迷惑かけられませんね」
「そ…そうだろ?」
よし、何とか回避…
「迷惑かけない程度に抱きますね。ほんと、優しい彼氏に感謝してください!」
「はぁ?!」
ムッとしたように、宇佐美が言った。
「せっかくのクリスマスイブなんですよ!ほっとかれる恋人に悪いと思わないんですか?!!」
「そ…それはぁ…」
「でもね、明日の予定キャンセルしろなんて言いませんよ。鶴見さんに失礼ですから!」
「うう…」
何なんだ、この状況。
来年も付き合ってるかは知らないが…
「次は鶴見に別日にして貰えるよう言って…」
なんて言ったら、宇佐美がピシャリと言った。
「鶴見さんのお誕生日を唯一、一緒に過ごせる人なんですから、来年以降もちゃんとしてくださいね!」
「え…いいの?」
「当たり前でしょ、鶴見さんが望んでる事なんですから!それに鶴見さんのお誕生日パーティー、僕たちは昨日だったんです。門倉さんには僕の分まで祝って貰います!!」
そういえば、そんな事言ってたな。
鶴見の元には、前世の関係者から今世の知り合いまで、様々な信奉者が集まっている。
慕う者が多いため、毎年23日に集まってパーティーをしているらしい。
前日の24日にしないのは、クリスマスイブだからなのかな?
なお、俺は呼ばれない。
当日祝ってくれるから良いんだと鶴見は言うが、恐らく余計なトラブルに巻き込みたくないんだろう。
…くっ…良い奴!
「それにしても、ああ!もう!!なんでアナタなんですか?!」
「しょうがねぇだろ…」
ぎゅっと上から抱き締められて、ソファが軋む音がした。
「ちょっ…と…」
そして、そっと耳元で囁く。
「でも門倉さん。ちょっとだけ嬉しかったです」
ちゅっと、耳元で聞こえるリップ音。
「来年も僕の恋人でいてくれるって分かったので」
「宇佐美…」
そっと手触りのいい坊主頭に右手を伸ばし、その後頭部を撫でる。
いつまで続くかは分からないけど、たぶん俺はコイツの隣にずっといたいんだと思う。
我が儘で横暴で、でも優しい恋人。
…ところで、今夜は本当に手加減してくれるんだよな?
(2)
本日、12月25日。
一般的にはクリスマス。
「朝ですよ。起きてください!」
宇佐美の声に、重い目を開いた。
…ほとんど、寝てないんですけど…
「…お前…もう…ほんとに…」
「何ですか?手加減したじゃないですか。挿れたの1回ですし、後は素股と手と…」
「…もう…いい…」
昨日の情交を説明しないでくれ…
よろよろと身体を起こす。
腰は軋むが、立てないことはないし、歩くのも問題は無い。
…本当に手加減されたみたいだ。
「ほら、お風呂入ってください。待ち合わせ時間まで2時間切ってますよ!」
「ええ~そんなにあるなら大丈夫じゃ……はい、行って来ます」
ジロリと睨まれて、有無を言わさず風呂場へ向かう。
「朝ごはん用意しとくので、ちゃんと!しっかり!綺麗に!身体を洗ってきてくださいね?鶴見さんに迷惑かからないように!」
なにその念押し…
風呂場へ行き、トレーナーを脱いで鏡を見れば、身体には何の痕も付いていなかった。
…あれ?そう言えば服ちゃんと着てたな?
何時もなら、裸で朝を迎える事も多いし、身体中にキスマークを付けられるのに…
冬だからって風邪引かないように着せてくれたのだろう。
痕だって……ああ、こっちは鶴見への配慮もあるか。
温泉入る時、気まずくなるもんな。
あいつ…こういうところが優しい…
「さっさと入ろ…」
風呂から出ると、脱衣所に服が用意されていた。
宇佐美曰く、俺のセンスは壊滅的だという。
そりゃ、服買うとき着れりゃいいかな~、くらいにしか思ってないし…
用意されていた服は、先日ショッピングセンターに出かけた時に、宇佐美が選んでくれたやつだ。
それを着て脱衣所を出ると、ふわりと焼いたパンの匂いがした。
「はい!どうぞ!旅行の準備は出来てるんですよね?」
「え?あ、ああ、うん」
チラッと旅行鞄を見て、宇佐美が中身をひっくり返した。
「えぇ~??」
歯ブラシや髭剃りやらは鞄に戻し、服の一切が回収される。
代わりに宇佐美チョイスの服が押し込まれていった。
「まったく!こんなダサい服で鶴見さんと並ぼうなんて、冒涜です!犯罪です!」
「そこまで酷くないでしょ~」
はあ、とため息をつかれる。
「自覚がないのも罪です!」
真剣な表情過ぎて、口を噤んだ。
大人しく昨日の残りのシチューを器に入れる。
…なんか、複雑。
それは宇佐美もだろう。
宇佐美にとって鶴見は大事な人で、俺は大切な恋人。
俺にとって鶴見は大事な親友で、宇佐美は大切な恋人。
…どっちが上、とか割り切れる物じゃない。
俺の親友が別の人だったら、また違ってたんだろうな。
荷造りを終えた宇佐美が、テーブルにつく。
パンを囓りながら、時計を見た。
「待ち合わせ場所どこですか?」
「駅だよ」
「じゃあ、あんまり時間無いですね。門倉さんに合わせて、僕も帰りますから…」
俺は牛乳を呷って言った。
「いいよ。ゆっくりしてけよ」
「はぁ?だって鍵が…」
寝室に行き、机の上に置いていた物を摑むと、それを宇佐美の目の前に置いた。
「ほら、これ」
「え…?」
この家の鍵。
小っ恥ずかしくて、小声になる。
「こんなの、プレゼントにならねぇだろうけど…」
そっと宇佐美がそれを取ると、握りしめる。
「門倉さんにしては、充分過ぎるプレゼントですよ」
そう言って宇佐美は笑うと、そのまま唇を重ねた。
触れるだけのそれは、直ぐに離れていく。
「お返し、期待してくださいね!」
「え?…昨夜の…」
「あんなのじゃ全然足りません。帰ったら覚悟してください!」
「お、おう…」
ま、いいか。
大事な人が同じ俺達。
似たもの同士の俺達って、結構相性いいのかもな?
うん、そう思っておこう。