記憶喪失ifロケットが刺さったあの家を離れ、一人になってから二日目の事だった。
仕事を求めて歩いていると、目の前に誰かが現れ、そのままぶつかってしまった。
「っ、すみません、ちゃんと前を見ていなくて……」
「よォ銀時、面白ェ事になってるようだなァ?」
また僕の事を知っているらしき人に遭ってしまった。
「あなたは僕を知っているのですか?」
そう返事をすると、その人は一瞬訝しげな顔をした。
「でも、すみません。僕は記憶喪失になってしまい、自分の事も覚えてなくて……」
「……本当に、何も覚えてねェんだな?」
その人の左目は包帯で覆われているものの、右目で射抜くように見つめられ、少し狼狽えた。
「はい、ごめんなさい。それじゃあ仕事を探しているので僕はこれで……」
その人を抜いて去ろうとしたけれど、腕を掴まれる。
「仕事、探してンのか?」
「ええ。万事屋というのをやっていたみたいなんですけど、今の僕じゃ仕事にならないし、あの子達にも迷惑をかけていたみたいだから……」
「……そうかィ、だったらうちに来るか?」
「えっ?」
「うちで住み込みで働かせてやる。給料も困らないくらいは与えてやらァ」
「それはとても嬉しいお言葉ですが、こんなに早く決めてしまって良いのでしょうか? 社長さんとか、困ったりしません?」
「心配いらねェよ。俺が社長みてェなもんだ」
「あ、そうだったんですね。失礼しました。ご存じと思いますが僕は坂田銀時と申します。あなたの名前を教えていただけますか?」
「高杉晋助。高杉でいい」
「えっ、社長さんなのに呼び捨てですか?」
「記憶のある頃、テメェはそう呼んでた。今更他の呼び方された方が違和感あるって事だ」
「そうですか……でも僕の気持ちが許せないので、高杉さん呼びで良いですか?」
「……好きにしな」
「ありがとうございます!」
そんなやり取りをした後に連れられたのは空飛ぶ艇の中。
広いその中で任された仕事は……
「おい銀時、酌しな」
「あ、はい」
高杉さんの身の回りの世話だった。
今みたいに酌に付き合ったり、部屋の掃除や食事を任せられている。
料理はなぜか覚えていた。記憶というか体が覚えていたようだ。味付けも自分の思うようにやってみただけだけど、高杉さんに褒められて嬉しかった。
この人が喜んでくれると嬉しい。だからあの時に拾ってもらえて本当に良かった。
正面に座って高杉さんの晩酌に付き合っていると、見つめられている事に気付く。
「……何か?」
それに対する返事はなかったけど、腕を掴まれてぐいと引かれる。予期せぬ事が起きたおかげで持っていた猪口から酒がこぼれて高杉さんの着物にかかってしまった。
「あっ、すみません……今拭きます」
「いい」
「でも、その着物高そうですし……」
どうしたら良いか考えていると、猪口を置いた高杉さんに抱き締められる。突然の出来事で動揺した。
「え……っと、あの……」
「本当に、忘れちまったんだなァ」
少し寂しそうな表情で僕を見る高杉さん。
僕とどんな関係だったのかわからないけれど、ただの友人ではなさそうだった。
「……すみません」
「まァ、色々好都合か。今は俺の使用人だ。何されたって逆らえねェもんなァ」
先程の寂しそうな表情などは消え去り、今度は何か企んで楽しそうな表情で僕を見ている。
気付いたら仰向けに倒され、高杉さんが僕の上に乗っていた。
「な、何するんですか?」
「ナニするんだよ。昔散々やってた事だからなァ。もしかしたら記憶が蘇るかもしれねェだろ」
高杉さんの言動に衝撃を受けている内に口付けされ、両手を纏めて拘束される。
僕より小柄なのにどこにそんな力があるのだろうと思う程の力強さだった。
けれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
+++
「……ん…」
目が覚めた。
見知らぬ天井が視界に映り、少し身動ぐと体に鈍い痛みが走った。
この痛みは……久しぶりに感じるが、身に染み付いているように覚えている。
「起きたか」
「高杉……」
状況は把握できていないが聞こえた声に対してそう言いながら睨むと、ヤツは一瞬目を見開いた。
「お前、記憶が戻ったのか?」
「んー、確かにここ数日の記憶がない気がする……てか、ここどこ?」
辺りを見渡すと、小ぶりの机が一つに外の景色が見える窓、刀掛けには二本の刀が置かれている。余計な物など一切ない部屋だった。
「ここは俺の部屋だ」
「俺は何でここにいるの?」
「記憶のないお前が仕事を探してるってんでな。うちで拾ってやったのさ」
そう言いながら高杉は煙管を咥える。
「で、何、記憶のない俺に盛っちゃったわけ?」
「揺すったら記憶も戻ると思ってなァ」
紫煙を吐き出しながらニヤリと笑う高杉。実際記憶が戻っちゃったわけだから何も言えない……
「っ、とにかく、もうここにいる必要はないよな」
そう言いながら目の前にある着物を取って立ち上がる。走る痛みに顔を歪めながら着物を羽織ると同時に高杉の部下の声がした。
「総督、今よろしいでしょうか?」
高杉にテメェは後ろ向いてなと言われてその通りにすると、間も無く部下が入って来て高杉と話を始める。
「江戸のマムシ工場という所の攘夷浪士が大砲で江戸を火の海にするらしいです」
「今余計な事をされたら面倒だ。やめさせろ」
「承知しました」
短いやり取りを聞いて口を開いた。
「待ちな」
「あァ?」
「そいつは俺が何とかする。江戸に関わる事なら黙ってるわけにはいかねぇ」
そう言って高杉の方を見ると、総督としてのヤツと目が合う。
「……わかった。おい、こいつが何とかするらしいから、俺達は何もしなくていい」
「はっ」
部下が去った後、着物の帯を締める。
「場所、わかるのか?」
「なんとなくわかる」
あ、木刀がねェ。
「武器はどうすんだ?」
「攘夷浪士やってんならあっちも武器持ちだろ」
だったら奪えばいい。
「敵の武器を奪って戦うの、得意だもんなァ」
「戦の資金が無かった時はお前もそうやってただろ」
「ふ、そうだったな」
部屋を出ようとすると呼び止められて振り返る。
同時に札束の入った袋が投げられ、ドサリと音を立てた。
「給料だ」
「俺、こんなに働いたの?」
「記憶のない頃のテメェはよく働いてたぜ」
「ふーん……」
そう言いながら袋から二、三枚の札を取って懐に入れる。
「どんな労働をしたのか覚えてないけど、体は痛ぇからその分だけはいただいとく」
それに対して返事はなかったが、襖を閉める時に見えた高杉は口角を上げて紫煙を吐き出していた。
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Pビデオでアニメの配信が終わる前に記憶喪失の回を見て、あの時高杉とすれ違っていたら……というifを思いついて書き上げました。
n番煎じかもしれませんが、書いていて楽しかったです。敬語の銀さんが可愛い。