バレンタイン買い出しで街に出た。
どこもかしこもバレンタインで街中ハートのチョコレートのポスターやらで溢れている。
「バレンタインねえ……」
そう呟いて浮かんだのはあいつの顔。
色々あったものの今は同居してるし、する事してる仲だし……あげたら喜んだりするんかね。
「……喜ばなかったら自分で食えばいいか」
買う予定の食材に加えて板チョコに生クリーム、ココアパウダーを買って帰った。
+++
今日は高杉が出かけていて夜まで不在だったので、夕飯の支度を済ませた後にチョコレートを作る時間ができた。
温めた生クリームに板チョコを入れて混ぜ合わせ、冷蔵庫で三十分程冷やした後に一口大に丸めたものにココアパウダーをまぶす。
混ぜて固めただけのシンプルなチョコレート。味見の為に一個だけ食べる。
重すぎず、軽すぎない手作りの味がした。
「まあ、こんなもんだろ」
皿に入れてラップをし、高杉が帰ってくるまで冷蔵庫に入れておいた。
+++
夜の八時を回ったところで玄関の開く音が聞こえた。ぼんやり眺めていたテレビから目を離し、玄関へ向かうと高杉が帰ってきた。
「おかえり」
目が合うと同時に高杉の右手が差し出される。
そこには高杉が買うには可愛らしすぎるデザインのの紙袋があった。
「土産だ」
「今日の用事で貰ったのか?」
「いや、今日はバレンタインなんだろ? 街中にそう書いてあった」
こいつも街中で同じ目に遭ったのね。そう思ったらちょっと笑えてきた。
「俺にくれんの?」
「他に誰がいるんだ」
「一応確認したんですぅ。宛先違ってたら恥ずかしいじゃん」
「土産だって言っただろ。それに、宛先の違う物をお前に渡してどうすんだ」
そう言ってすたすたと洗面所へ行く高杉。一体どんな面してこの袋の中身を買ったのやら、と思うと嬉しい気持ちになった。
+++
遅めの晩飯後。
高杉のくれたチョコレートの包みを開けると、シンプルなチョコレートが六つ入っていた。その真ん中にある物を一つ取って食べる。
「ん〜美味い」
「そいつァ良かった」
食べたチョコレートが口の中で溶けた後、俺は口を開く。
「あのさ、俺もチョコを用意したんだけど、いる?」
いざ言うとなると恥ずかしさが込み上がってきて徐々に声が小さくなっていったが、言い終わった後に高杉の目が一瞬見開かれたのを見逃さなかった。
「テメェも、用意してたのか」
「俺もお前と同じく、街のポスターに釣られたんだよ」
そう言いながら冷蔵庫にしまった皿を持ってくる。
「お前が帰るまで時間あったから、さっき作った」
普段煮物などをよそっている飾り気のない皿からチョコレートを一つ取って差し出した。高杉がそのチョコレートをじっと見ている。
「……なに、毒なんか入ってないけど? あ、あとお前の手が汚れちまうから取ってあげただけだからね」
「随分お優しいこった」
そう言って高杉は俺の指ごとチョコレートを食べる。高杉の舌が俺の指に触れて少しだけ体が跳ねた。
「甘ェ……」
そりゃチョコレートだからね、って言おうとしたけど、高杉の唇が触れてきて言えなかった。
こいつからチョコレートの味がする口付けなんて、多分今日だけだ。
バレンタイン、いい日じゃねーか。
半年いや、三ヶ月に一度くらいやって欲しいもんだね。
*****
街中で同じ物を見て、互いの顔が浮かんで、互いにチョコレートを与え合うのも美味しいよなあ、と。