隠居家にヅラが来る話朝の家事が終わって普段なら縁側で少し休憩してる時間だが、昼飯の支度をしている。
「んー、美味い。さっすが俺」
ほぼ完成した煮物の味を確認していると、背後に気配を感じた。
「煮物か?」
「そ。好きだろ、お前もあいつも」
そう言いながら菜箸で鍋から大根を一つ取ってそのまま同居人の口へ運ぶ。そいつは何の躊躇もなくそれを食べた。
「……うめェ」
「高杉君お行儀わるーい」
「テメェが寄越したんだろ」
そんなくだらないやり取りをしながら鍋に蓋をした。飯は炊いたし、具沢山の味噌汁も作った。漬物は冷蔵庫にある。
「ま、こんだけありゃ、うるせェあいつだって文句もねェだろ」
「文句言ったら代わりに殴ってやる」
「それはそれで見物だな」
それからテーブルを拭き、茶を飲みながら迷惑な客人を待つ事数十分。約束の時間より少し前に呼び鈴が鳴った。
「ごめんくださーい、銀時君と高杉君はいらっしゃいますかー?」
そんな声が聞こえ、溜め息を吐きながら玄関へ向かう。
「すいませーん!」
「うっせえ!」
ピシャン!と音がする程玄関を開くと、見慣れたヅラが立っていた。
「いるってわかってんなら黙って待ってろ!」
顔に青筋を立てながらそう言うと、目の前に高級そうな包みを押し付けられる。
「そう怒るな銀時。俺とて今日を楽しみにしてきたんだ」
「……何これエリザベス饅頭?」
「と言いたいところだが、あいつが嫌がるだろう?」
「あいつだけじゃなくて俺も嫌なんだけど」
「だから今日は奮発した」
確かにお高そうだけども、そういう菓子には滅多にありつけなかった為、俺にはピンと来なかった。
「ヘェ、そいつはわざわざ京に行って買ってきたのかい」
背後から聞こえてきた声に振り向くと、柱を背もたれにし、腕を組んでこちらを見ている高杉が立っていた。
「流石、長く京に潜伏していただけあるではないか高杉」
「まァ、よくいただいてたんでねェ。銀時、その菓子は庶民にゃ到底お目にかかれない高級品だ」
いやいやいや、そのお目にかかれない高級品をしれっと手に入れたり、よくいただいてたテメェらの方がわかんねェよ!
……ってのは心の中でツッコむだけにしておいた。
「とりあえず、ヅラは上がれよ」
菓子を受け取りながらそう言ってヅラを居間に案内した。
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「いただきます」
並べた昼食を前に三人で挨拶をした後、目が合って笑った。
「この面子でこれやるの何年ぶり?」
「さァな」
「そうだな。しかしやらないわけにはいかんだろう」
そう、松陽の教えなのだから。
その後は各々好きなように俺の作った飯を食べる。
「銀時、この食事は万事屋で食べた時と味が違うな」
「んーそりゃもう、あいつらの為じゃないし」
「ふっ、そうか。親の役割は終わったのだな」
今はその……高杉の為に作ってるから、こいつの好きな味になるのは当然だろ。口には出さないけど。
「しかし懐かしい味だな。俺もこの味は久しぶりに食べる」
「お前は毎日幾松んとこの蕎麦食ってるんだろ。それ色に染まってりゃいいじゃねーか」
仕返ししてそう言うと、さっきまで余裕こいてたヅラの表情が焦りに変わる。
「蕎麦は、毎日食っておらんぞ!」
「じゃあ蕎麦とラーメンを交互にね。あの店何でも美味いもんなー」
「違う!」
仕返しが成功した事を伝えるべく高杉の方を見てニヤと笑ってやると、溜め息を吐かれた。
「……うるせェ」
静かに言われたその一言によってヅラとの口論は終わらせられた。
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食後。
茶と共にヅラが持ってきた菓子を食べる。その味に俺は目を輝かせずにはいられなかった。
「なんだこれ……美味すぎるんだけどお前らこんなのしょっちゅう食ってたの?」
「しょっちゅう食っていたのは高杉だろう。俺は久しぶりだ」
「しょっちゅうなんか食ってねェ。だが、相変わらず美味ェな」
少し歩けば買えるその辺の饅頭に比べたら遥かに美味いけど、俺には勿体無いくらい高級な味がして恐れ多いというか……
でもヅラが俺達に寄越したんだし、気にする事もないか。というわけでもう一つ食べようと手を伸ばした。
「銀時、もう少し味わって食え」
「これはお前が俺達にくれたもんだろ? どう食おうが勝手じゃねーか」
包みを開けて口に入れると高級な味が広がって顔が綻ぶ。そんな俺の表情を見たヅラが口を開く。
「まあ、お前達が上手く行っているようで安心したよ。今日は喧嘩でもしていたらどうしたものかと思っていたんだがな」
ったく、何なんだよその『お前達はずっと俺が見守ってきました』的な幼馴染フェイスは。
返す言葉を探していると、高杉が話し始める。
「喧嘩なら大なり小なりしてるが、ガキの頃からそうやってきたんだ。今更変われるわけもあるめェよ」
確かに昨日も無断でヤクルコを飲んだのがバレて喧嘩になったけども。
「喧嘩する程何とやら、とな。お前達にピッタリではないか。相変わらずにゃんにゃんしているようだと坂本にも伝えておこう」
「あァ、そうしてくれ」
にゃんにゃんは余計だろ!って言う前に高杉が返事しやがったよ。まさかにゃんにゃんって何だ、とかいうオチじゃないよね?
「では、そろそろ邪魔者は退散するとしよう」
そう言って玄関に向かうヅラを追いながらふと思った。
「ヅラァ、今日はエリザベス連れてねーの?」
「今日は俺だけでお前達に会いたかった。何だ、エリザベスがいないと寂しいのならば次は連れて来よう」
「いい! いらないから次もお前一人で来て!」
「そうか、残念だな。次は坂本も連れて来ようと思っていたのだが」
そう言って笑うヅラと目が合う。後ろにいる高杉も多分笑ってる。
「……だったらあの馬鹿にも酒と美味いもん、いっぱい持ってこいって伝えとけ」
「ふっ、承知した」
その言葉と同時に玄関が閉まった。
外は日が傾きかけている。客人は帰ったのでこの後の家事の事を考えながら家の中を進む。
まずは洗濯物を取り込まなきゃだな。
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おまけ
「銀時、万事屋の時と飯の味違うのか?」
「えっ、あ、えっと……うん。だってお前、甘いのあんま好きじゃねーだろ」
「テメェが作るもんなら何でも美味い」
「あーっと……でも俺はお前の好きな味で作りたいなって思っ…ちょっと待て近い近い、今のどこでスイッチ入った?」
「にゃんにゃん、するんだろ?」
「お前にゃんにゃんって知ってんのかよ! でもお前の口からにゃんにゃんなんて言葉聞きたくなかったー」
おしまい
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こそこそ見てないでちゃんと約束すればおもてなしして迎えるよってお話。
高銀とヅラのやり取りが好きなんだな、私は。
皆仲良く幸せに過ごして欲しいですね。