味のしないコーヒー映画の上映は夕方からだったけど、待ち合わせは少し早めに駅前。
スティーブの提案だった。
「上映前にどっかでコーヒーでも飲もう」って。
別に断る理由もなかったし、正直、自分でもこの日をちょっと楽しみにしていた。
冬休みが終わって、また寮に戻ってきて。
毎日顔を合わせて話してるのに――
なんだろうな、この気持ち。
(ただ親友と、映画観に行くだけだろ)
心の中で何度目かの自己ツッコミをしてから、集合場所へと足を運ぶ。
すると――
「あっ、バッキー!」
駅前で手を振って待っていたスティーブは、優しげなキャラメル色をしたコートを着ていて、首にはあの日、自分が贈ったマフラーを巻いていた。
(……気に入ってくれて本当によかった)
胸の奥が、少しだけ、ほんの少しだけあったかくなる。
「ごめん、待ったか?」
「いや、今来たとこ」
たわいもないやりとりのはずなのに、なんだかスティーブの顔をまともに見られなかった。
マフラーの赤いラインが、やけに目に焼き付く。
それから並んで歩いて、近くの小さなカフェに入る。
━━━━━━━━━━━━━━━
カフェの奥、木目調の落ち着いたテーブル席。
スティーブとバッキーは向かい合って座り、それぞれカップに口をつけた。立ち上る湯気と、店内に流れる静かなジャズ。外の寒さとは対照的な、あたたかな時間だった。
「やっぱり美味いな、ここのコーヒー」
スティーブがそう言って、にこっと笑う。その笑顔が、なんとなく眩しくて、バッキーは少し目を逸らした。
「……ああ、そうだな」
心なしかぎこちない返事になったのは、自覚している。けれど、それ以上何も言えなかった。ふたりきりでこんな洒落た店に入るなんて、なんだかいつもと違う気がして。しかも、周囲の席にはカップルらしき客がちらほらと見える。
(スティーブ、こんなとこ来るなら、ペギーと来た方が良かったんじゃないか…?)
不意に、そんな事を考えた。
「なあ、スティーブ。……お前、ペギーと来た方がよかったんじゃねえのか? こういう店、あいつの方が似合うだろ」
スティーブはきょとんと目を瞬かせてから、首を傾げた。
「え? なんでペギーが出てくるんだ?」
そしてすぐに、思い出したように言葉を継ぐ。
「……ああ、まあ、たしかに彼女もこういう店好きそうだけど。でも今日は、バッキーと来たかったからさ」
その言葉に、バッキーは返す言葉を一瞬失った。視線を落としたカップの中に、コーヒーの黒が深く広がっている。
(まただ。……なんか、スティーブのこういうとこ、ズルい)
そんな風に思ってしまうのが、少しだけ悔しかった。
そのとき。
カフェの扉が開いて、冷たい外気がふわりと入り込んだ。その向こうから、賑やかな笑い声とともに、数人の女子が入ってくる。
ふわふわのマフラーにロングコート、ダウンジャケット。冬らしい私服に身を包んだ彼女たちの中の一人が、スティーブたちに気づいて、ぱっと手を振った。
「あら、バッキー!スティーブも!こんなとこで会うなんて!」
「やあ」
スティーブが笑顔で手を振り返す。
「ここ、人気だって聞いてたけど、君たちも来てたんだね。」
「うん、ちょうど今から公園に行こうって話してて。良かったら一緒にどう? 公園から見る夕日が綺麗で雰囲気あるよ」
その誘いに、スティーブはふっと笑って、軽く首を振った。
「ごめん。いまから、バッキーと映画デートなんだ」
さらりと。あまりにも自然に。
「……っ」
バッキーの手がわずかにテーブルの下で動いた。驚きと戸惑いが混じったその目は、思わずスティーブを見た。けれど当の本人はニコニコしたままで、悪びれた様子はない。
「なっ……」
喉の奥で声にならない言葉が引っかかる。
女子たちはその冗談を笑って受け取った。
「あら、それはお邪魔しちゃったわね。ごめんなさいね! デート、楽しんで」
にこやかに手を振って去っていくクラスメイトたち。
スティーブも笑顔で手を振る。
バッキーも慌てて手を振り返したけど、その動きはどこかぎこちなかった。
「そろそろ、僕たちも出ようか」
立ち上がったスティーブの声に、バッキーは頷いた。
胸の奥がざわついていた。
“デート”って、冗談だ。わかってる。
けど、そう呼ばれたことで、心のどこかが、確かに揺れた。
━━━━━━━━━━━━━━━