香ばしい香り店の扉を開けた瞬間、チーズの香ばしい香りと、ほんのり甘いトマトソースの匂いが鼻をくすぐった。
赤い革張りのソファ、白と赤のチェック模様のテーブルクロス。まさに、アメリカの「ザ・ピザ屋」。
「お、空いてるな。奥のボックス席、行こう」
スティーブの声に、バッキーは無言で頷いて後を追う。
いつものように向かい合って腰を下ろすと、スティーブはさっそくメニューに目を走らせた。
ピザやドリンクなど、注文を済ませたふたりは、ぼんやりと店内を眺めて時間を潰す。
やがて届いた大皿のピザは、チーズがとろとろに溶けて、ペパロニがジュウっと音を立てていた。
「……うわ、ピーマン入っていやがる……」
ピザの皿を前にして、バッキーが少しだけ顔をしかめる。
「まだ嫌いだったかい?」
「一生嫌いだって決めた。あれは青くて苦くて生意気すぎる。 ……お前、ピーマン好きだったよな?」
そう言いながら、バッキーはニヤリと笑って自分の皿からピーマンをつまみ、スティーブのピザの上に”トッピング”した。
スティーブは「しょうがないな」と小さく笑って、そのままピザを口に運んだ。
「ここのやつ、やっぱり美味いな」
バッキーは(もう1枚)とピザを口に運ぶと、チーズが思ったより伸びて、口元にトマトソースがついてしまったことに気づかなかった。
その瞬間、スティーブがふとバッキーを見て言った。
「……ついてる」
「え?」
反応する間もなく、スティーブの指がそっとバッキーの頬の端をかすめ、そのまま口元へ――そして、ためらいなく、ペロリと舐め取った。
「っ……!」
目を見開いたバッキーの手から、ピザがつるりと滑りかける。
「バック、ホント子どもかよ。紙エプロンでも貰ってこようか??」
と、スティーブは冗談交じりで笑いながら、紙ナプキンを差し出した。
(……ちょっと待て、今の……なんだ……?)
声にならない動揺が喉の奥で渦巻く。
落ち着け、これはただの親切。スティーブはそういうやつだ。
――でも、今の距離、今の仕草。
あまりに自然すぎて、逆に頭が真っ白になった。
ピザの一切れが、指から滑り落ちそうになる。慌てて皿の上に戻し、バッキーはとりあえず黙々と食べることしか出来なかった。
そんなバッキーの向かいで、スティーブは涼しい顔のまま、一口ずつ丁寧にピザを味わっていた。
━━━━━━━━━━━━━━━