心地の良い存在。館内の明かりが落ち、スクリーンに映画のタイトルが映し出される。
隣に座るスティーブの気配が、いつもよりも近くに感じられて、バッキーは思わず背筋を正した。
(くそ、さっきの“デート”って言葉が……)
冗談だとわかってる。あの場の流れでの軽口だった。
けれど、頭の中にはその一言がこびりついて離れない。
別に、深い意味なんかない。スティーブにとってはただの言葉遊びのつもりだったはずだ。
――なのに、なんで変に意識してんだ、俺。
映画が進むにつれ、スクリーンの中では登場人物たちの関係や物語が動いているというのに、バッキーの集中は一向に定まらなかった。
時折、ポップコーンの袋がカサリと鳴る。スティーブが何気なく飲み物を口に運ぶ仕草にも、妙に神経が向いてしまう。
(やばい、ちゃんと観ないと……)
視線をスクリーンに戻して映画に集中する。
途中、頭の奥がぼんやりと霞む。
冬休み明けの課題ラッシュ、慣れない生活リズム。
その疲れが、じわじわと意識を引きずっていく。
気づけば、まぶたが重くなっていた。
映像がにじんでいく中、バッキーは小さくあくびを噛み殺し――そのまま、静かに眠りに落ちた。
隣で、スティーブはふとバッキーの動きに気づいた。
(……ん?)
横から、ふと何かがもたれかかってくる。
視線を向ければ、バッキーが静かに目を閉じたまま、がっつりと自分の肩に寄りかかっていた。
思わず息を呑むスティーブ。
突然の距離の近さに心臓が跳ねたけれど、バッキーの寝顔を見て、ふっと肩の力が抜けた。
少し寝癖のついた髪、長い睫毛、無防備な横顔。
こんなに近くで、こんなに穏やかな顔を見れるのは嬉しくてたまらない。
(ふふ……疲れてたんだな)
スティーブはそっと体勢を整え、自分の肩をバッキーがもう少し楽に預けられるように微調整する。
そして、隣のあたたかな重みを感じながら再びスクリーンに目を戻した。
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スクリーンにエンドロールが流れはじめ、劇場内の照明が少しずつ明るくなっていく。
そのタイミングで、スティーブはそっと自分の肩に寄りかかっているバッキーに視線を落とした。
(……寝ちゃったな)
バッキーの髪が額にかかっていて、呼吸はゆっくりと穏やか。こんなにも無防備な顔を、自分に預けてくれるなんて――
スティーブは心の中で何度か深呼吸をして、それから小さな声で呼びかけた。
「バッキー、終わったよ。起きて」
「……ん、ぇ、あ……」
ぼんやりと目を開けたバッキーが、ようやく自分の体勢に気づき、はっとして身を起こした。
「まじか……寝てた? ってか、お前の肩、借りてた?」
「うん。遠慮なく、ぐっすり。」
「……わ、悪い、マジで。ちょっと疲れてたんだ、最近…」
「知ってるよ。夢でも見てた?」
「……わかんね。見てたような、見てなかったような……」
スティーブがふっと笑うと、バッキーは頬をかきながら視線をそらした。
「……なんか、悪ぃな。せっかくの映画だったのに」
ぼそりとこぼした言葉に、スティーブは肩をすくめてみせる。
「全然。俺の肩、枕にするくらいにはリラックスしてたし」
「うるせぇよ」
反射的に睨み返すが、からかい半分の声に本気で怒る気にはなれなかった。
肩を借りて心地よく寝ていた自分を思うと、
なんとも気恥ずかしくなる。
「よし! 埋め合わせにピザでも奢ろう!」
バッキーが言うと、スティーブはぱっと目を輝かせる。
「じゃあ遠慮なく。チーズ増しで頼むな?」
「おい、調子乗んなよ。」
呆れたように言いながら、バッキーの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
夜風にコートの裾が揺れる。ふたりの歩幅は、静かに、しかし確かに並んでいた。
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