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    monarda07

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    monarda07

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    ぐだキャストリア大正異類婚姻譚パロ3

    契約結婚3「な、ななな……なんだったの、あのヒト……」

    未だにどこか他人事のようなふわふわした感覚でアルトリアはそそくさと移動していた。
    できるだけ早く、なるべく目立たないように。コソコソと路地の裏を速足で歩きながら、少女の姿をした妖精は混乱する頭でぶつくさ呟き続ける。
    夢だったのか、幻だったのか。いっそのこと、疲れ切った自分が燐寸を擦って出した妄想だったと断定できればどれほど良かっただろう。残念ながら、それは叶わない。なぜって彼女の掌の中には先程の少年から貸してもらったハンカチがあるから。

    (ぜんぜん、裏表が無かったんだけどーーーー!?)

    夢であったのかと疑う理由はそこにあった。あの少年、アルトリアに対して極めて自然体にふるまっていたのだ。それが彼女にとって信じられない部分だったのだ。
    一度、妖精は見えるがそれが人ならざる者だと気づけない人間──それも男性と対面したことがあった。そのときアルトリアの眼に映ったのは、その人間が彼女に対して抱いた下劣な欲望。当時はその意味の半分も理解できなかったが、本能から来る激しい拒絶とあまりの気持ち悪さに即座に逃げたので体は無事だった。精神面ではその後、数か月に渡って毒の楔でも撃ち込まれたようにじわじわと苦しめられたのだが。
    依頼、人間の雄なんてそんなものだと思って接してきた。ちなみに相手が女性であっても油断してはならない。妖精だと気づかずに手を差し伸べてくれた優しそうな老婦人が、その実裏では彼女を売るつもり満々だったのは記憶に新しい。だいたいアルトリアに向かって人の良い笑顔で好意的に接してくるのは、その笑顔の裏に悪意を隠している者しかいなかった。いっそ嫌悪感むき出しで直接的にいじめられるほうが遥かにマシだろう。
    なのに、あの東洋の島国から遠路はるばるやってきた青い瞳の少年は、アルトリアに対してまったくの自然体で接してきた。あの言動は全て、彼が心の底から本心で言ったこと。打算も欲も下心も無かった。所作から見て貴人であるのは間違いないだろうが。しかしごく当然のように、みすぼらしい見た目をしていたアルトリアに対しても分け隔てなく接して、その上やんわりと心配までしてくれた。


    ────────黙っててあげるから早めに帰るんだよ。というか、女の子がこんな夜遅くに一人で出歩いちゃ駄目だじゃないか


    「────」

    羞恥心からか、顔に熱が集まっていくのが感じ取れた。羞恥? いや、違う。これはそんなものではない。
    表現しようのないむずかゆさ。ともすれば、奇声を上げてゴロゴロと地面を転げまわってしまいたくなる衝動。

    こんな気持ち、生まれて初めてだ。どうしたらいいのかわからなくて、この暴れる新しい感情を持て余す。この気持ちの名前なんて知らぬアルトリアは、当然出力の方法など知る筈もなく。自然、それは足へと集まって歩みを速めていった。
    どうしよう。うん、いったん落ち着こう。こういうときは深呼吸だ。立ち止まって、逸る鼓動を鎮めようと大きく息を吸い込んだ。

    「…………ふぅ」

    ようやく落ち着いたらしい。心臓の鼓動はまだうるさいが、あの転げまわりたくなる衝動はだいぶ落ち着いてきた。
    息を整え、両の手をそっと広げる。大切に握っていたハンカチをじっと見つめて観察した。
    染み一つ、ほつれ一つない綺麗な白いハンカチ。なんに変哲もないただの布切れなのに、あの少年の持ち物というだけで何だかいけない気分になるのはなぜだろう。

    「………」

    クスリと思わず笑ってしまいそうになって──瞬間、それが恐怖に代わる。

    こんなところ、顔見知りの妖精に見つかってしまったらどうなるだろう。

    いつもそうだ。アルトリアが大切にしたいと思っている物は、みんな他の妖精たちに取り上げられて、目の前で笑いながら壊されてきた。
    もし、このハンカチも同じ目にあったのなら? もしそうなってしまったら、きっとアルトリアは立ち直れないだろう。
    あの少年に申し訳ないからか? と自身に問いかけてみたが、即答することはできなかった。借り物を壊してしまうから怖くなったのではないのなら、ではいったい彼女は何に恐怖したのだろうか。

    「……明日、返しにいこう」

    今日はもう遅いし、つい先ほど「夜遅いから」という理由で返された身の上。さすがに今夜、踵を返して彼にこれを返しに行くのは気が引ける。
    というわけで、アルトリアは翌日の日の入りと同時に行動を開始した。妖精の中では珍しいが魔術が使える彼女は、彼から借りたハンカチを元に持ち主を探し出してあの少年のいる場所を探し出したのだった。まあ、その妖精の癖に人間の魔術を使うという点が、彼女の孤立に拍車をかけているのだが。
    あの少年がいたのは外国の外交官などが住んでいる住宅街の一室だった。やっぱり異国のお貴族様か何かなんだろうという予想は当たっていたようだ。

    「え……っ、と。ここかなぁ?」

    もう夜も更けて人通りも少なくなってきたが、万が一ということもある。人目を避けてなんとか会おうと思った結果、木に登って窓から会いに行こうという選択肢が出たのはある意味アルトリアにとっては自然だったかもしれない。まあ、彼女の常識が他人から見れば非常識であるのは違いないのだが。

    「ぁ……、いた」

    大体の場所に辺りをつけて、ちょうどそこまで枝を伸ばしていた木があったので登ってみたら、どうやら大当たりだったようだ。ガラス一枚隔てた向こう側で、昨日の少年が机に向かって難しい顔をしている。何か勉学でもしているのだろう。ということはあれか。つまり彼は東洋の島国から何事かを学ぶために来た留学生という奴なのだろう。
    集中しているのを邪魔するのに一瞬ためらったが、ここで何もせずに帰ってしまったほうが後悔しそうで。だから、意を決して手を伸ばし、ガラスの板を軽くノックした。

    「……?」

    薄い壁一枚向こうで、彼がいぶかしげな表情をして顔を上げたのを見て、気分が高揚するのを感じた。ああ、よかった。気付いてもらえた。勢いに乗って、アルトリアは再度窓をノックする。
    と、そこでようやくアルトリアの存在に気付いたらしい。不思議そうな顔で周囲を見回していた少年が、窓の外で猫よろしく木の枝にしがみついたアルトリアの姿を認めてぎょっと目を剥いた。

    「ちょ……危ない!」

    そのまま慌てて窓枠に手をかけ、勢いよく窓を開ける。昨日とは打って変わって鬼気迫る表情だった彼に気圧されて、落ちそうになった。

    「あっ」
    「!」

    ずるっと態勢が一気に崩れた瞬間、手首を掴まれて強引に引き寄せられる。どんっ、と軽い衝撃。地面にたたきつけられたわけではないようだ。それにしては随分とやわらかくて、暖かくて、なのにとても力強くて安心して──

    「へ?」
    「……ぶ、な……だ、大丈夫? 怪我してな……うわっ、ゴメン!」

    目の前が真っ暗だったが、突如視界を眩い光に刺激されて痛みに呻きそうになった。いや、そうしたかったができなかった。なぜならそれは、なぜかアルトリアの眼の前に、あの少年の驚いたような顔があったから。

    ──あれちょっと待って。わたし、このヒトに抱きしめられてない?

    一拍置いてそれを認識した瞬間、アルトリアの頭は瞬時に混乱状態に陥ってしまう。その頭で出力されてきたのは、なんとか弁明して謝らなければいけないという反射。

    「あ……い、いえいえいえいえ! そ、その! あのですね。いえ、だ、だって……その、ごめんなさいするのは、むしろわたしの方です! ごめんなさい! い、いきなり窓の外から声かけちゃったどころか、助けてもらってご迷惑をかけちゃって! ごめんなさい、ごめんなさい! すぐに出ていきます。もう二度と来ません! ごめんなさい!」
    「お、おお落ち着いて。はい、深呼吸して。オレはそんなに怒ってないよ。ただびっくりしただけなんだ。それにオレだって、不可抗力とは言えいきなり抱きしめてごめん! うわぁ……やっちゃった……嫁入り前の若い娘をいきなりあんな……」
    「え……ぁ」

    どうやら慌てたのは相手の方も同じだったらしい。素晴らしい体幹で難なくアルトリアを抱き留めはしたが、要するにそれは彼女を腕の中に強引に抱き寄せてしまったということで……
    この少年、かなり潔癖な性格なのだろうか。あまり女慣れしていなさそうな態度をされて、今の自分の状況を客観的に推測してしまい、思わず顔面に熱が集まった。

    「…………」
    「…………」

    沈黙。お互い、まともに顔も合わせられないほどの気まずい空気が流れている。
    そんな状態がどれほど続いただろうか。おそらく数分も無かっただろうが、出会ったばかりの妖精の少女と人間の少年にとっては永年にも感じられる長い時間だった。

    「…………君、もしかしたら昨日の子?」

    最初にそんな空気を払拭しようと動いたのは少年の方だった。
    ここでやっとアルトリアが昨夜、ハンカチを貸した少女だと気づいたらしい。もしくはそれを会話のきっかけにしようと思い立っただけで、初見で気付いていたのか。どちらかはわからないが、アルトリアにとっても良い救いとなった。

    「は、はい! そうです! お……覚えててくださっていたんですね……へへ」

    何とか会話を続けたかったが、まともに目を合わせていられない。なぜか心臓が早鐘を打つ。そのうち口から出て来てしまうのではないかと思うくらいにうるさくなってきた。

    「そうです、じゃなくてね……ほら、昨日も言っただろ? 夜遅くに女の子が一人で外を出歩いたら危ないって……」
    「あっ……そ、そおですよねぇ~……あはは、わたし、何をやってるんだろ……」

    ハンカチを返しに来たんだろうがと自分を奮い立たせようとするが、どうしてもできなかった。どう切り出していいのかわからなくなったというのもあるが、それ以上に──

    (このヒトと、ここでお別れをしたくないなぁ)

    心の片隅で、幼い自分が力なく呟いた。だが何気なくぽつんと出てきたそれは、まぎれもなく彼女の本音。今まで生きてきて初めてのことだ。誰かとお別れをしたくない、なんて。

    「……君、名前は?」
    「えっ」
    「オレは藤丸立香……リツカ・フジマル。日本から来たんだ。留学のためにね」
    「あ……わたっ、わたしは、アルトリア。アルトリア・キャスターです」
    「うん、よろしくね。アルトリア」

    そっと手を伸ばされて、意図がわからずに首を傾げた。けど、なんとなくこうかなと思って彼の手に自分の手を重ねてみる。

    ……大きな手だ。幼い顔立ちをしているが、しっかりと鍛えられた男性の手。自分のものとは全く異なる他人の身体の部位に触れて、なぜだかアルトリアは胸の奥がとても満たされたような気がしたのだった。
















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    monarda07

    MAIKINGぐだキャストリア大正パロの出会い編前編
    契約結婚2(前編)────二年前、倫敦。


    (わあ……綺麗だなぁ……)

    高い塀で囲まれた大きな建物の中で、煌びやかな光がくるくると踊っている。それを遠目に見ながら、少女は──アルトリアは目を輝かせた。
    それは本当に偶然だった。今日の寝床を探すために倫敦の暗い影を歩いていたら、たまたま迷い込んでしまった人間の縄張り。聞きなれた言葉の中でも目立つ、聞きなれない独特な言葉。島国の宿命としていまだ濃い神秘が飛び交う大英帝国付近の国の言葉ではない。意味が分からないが、辛うじて言語だとわかる声が飛び交っているのに気付いて「そういえば」と思い出した。
    アルトリアが迷い込んだのは、遥か東の果てにある「二ホン」とかいう小国の「タイシカン」とやらだ。ほんの数十年前まで外国との親交をほとんど絶っていたからか、神秘がいまだに色濃く残っているらしいその国は。アルトリアたちのような人ならざる者──”隣人”にとって、とても居心地の良い場所に違いないだろう。あまりにも遠すぎるため、容易に移住できないのがなんとも残念だね、などと。彼女を遠巻きにしながら、これみよがしに仲間と楽しくおしゃべりしていた妖精たちの会話を思い出す。
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