そして帰り道を見失った陽が昇る前。
拠点として使っている廃墟からは少し離れた場所で、イエルはひとり煙草を燻らせていた。昨夜降った雨が埃を洗い流して、今朝はことさらに空気が澄んでいる。
皆が起き出す前のこの時間は、イエルがひとりきりになれる、数少ない時間だった。
一日が始まる前の、まっさらな空に向かって、煙を吐く。
自分が吐き出したちっぽけな汚れが、綺麗な空気に包まれて馴染んでいくのを見るのがイエルは好きだった。
何か考えたいことがある時、あるいは何も考えたくない時、イエルはこうしてひとりになる。悩み続けた難題も、頭の中を一度空にしてみると、案外良い解決策が見つかったりするものだ。
ただ、この方法も今頭を悩ませている問題には効果がないようで、先ほどからイエルは空気を汚すだけの、無意味な煙を吐き出し続けている。
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