芸能パロ石乙 その日、乙骨は取材の仕事を終えて「お疲れさまでした~!」と挨拶して現場を出た後、自身のスマホを確認した。するとメッセージが来ていることに気付いてアプリを開いた後、その内容にほんのりと笑った。
ふんふんと鼻歌交じりに乙骨が向かった方向は、自宅に向かうのとは別の路線への駅だった。
乙骨が向かったのは都内のとある高級タワーマンションの一室で、何度来ても慣れないなぁと思いつつ、インターホンを鳴らした。すると目の前の扉が開き、一人の男が出迎えてくれる。
「よう」
「…こんばんは」
髪を下ろし、シャツとスウェットなんていうラフな格好で現れた彼に内心ドキリとしながらも、乙骨はペコリと頭をさげてそう言った。それから「お邪魔しまーす」と言って部屋に入ろうとすれば。
「違ぇだろ」
「え?」
「お邪魔じゃねぇって」
そうさらりと言われて目をパチクリとさせたあと、乙骨は「ああ」と気付く。これは前にも言われたことだ。
「……ただいま、です」
乙骨がおずおずとそう言えば、彼──石流は満足げに笑って「おかえり」と言い、乙骨の肩に腕を回して、ちゅっと額に口付けた。
「う、ひ…!?」
「……なんだよその声」
思わず変な声を上げてしまった乙骨に、石流は苦笑して、乙骨から手を離した。そのまま奥に入っていく石流の背中を、乙骨は「もう」と言って見送った。キスされた額に手を当てたらほんのりと熱くなっていた。
ずっと憧れの俳優だった石流と付き合うようになってから数週間が過ぎていた。その間に乙骨は頻繁に石流の自宅に出入りするようになり、半同棲状態だ。もういっそお前もここに引っ越して来ちまえよと石流には言われたが、そう簡単に「はい」とも言える状態でないのだ。
「龍さんは今日お休みだったんですか?」
石流がラフな格好をしていたのと、リビングのテーブルの上に、飲み物の缶やら台本やらペンやらが散乱していることに気付いて乙骨がそう言えば、石流が「おう」と頷いた。
「だから今度決まったドラマの台本チェックしてたんだがな、よく分からん言葉が多くてよ」
「へぇ……龍さんでもそういうことあるんですね」
乙骨が不思議そうにそう言えば、石流が「ん?」と反応した。
「どういう意味だよ?」
「え、あ、いや……普段時代劇とか出てるから、難しい言葉には慣れてるのかなって思ったので」
乙骨がそう返せば、石流は「あー」と言いながら、リビングのソファにトサリと座った。
「逆だ逆。イマドキの言葉が分からんって言ってんだ」
「あ~なるほど」
「意味が分かってないと言いづらいし、イントネーションも調べねぇとでほんと面倒なんだよ」
そう言いながらホンを手に取りガシガシと頭を掻く石流に、はははと苦笑しながら、乙骨はくる途中で買ってきたほか弁を持ってキッチンに向かった。
「電子レンジ借りますね」
「おう」
石流の返事を確認してから、弁当を電子レンジに入れてスイッチを押す。ブーンと言いながら動き出す様子を確認して、その間にお湯でも沸かそうかなと思っていれば。
「ゆう」
不意にすぐ後ろからそんな声が聞こえて「ふへ!?」と思わず声を上げてしまった。
リビングのソファにいたはずの石流がいつの間にか背後に立っていて、そのままぎゅっと抱き締められた。
「なんだよ今の声」
「だ……って、急に背後にいるから…」
「別にフツーに来たっての」
石流が笑ってそう言って、それから「こっち向け」と囁かれた。
だから乙骨が石流の方に顔を向ければ、そのまま彼の唇で自分の口を塞がれた。
「ん……」
唇を触れ合わせるだけだったキスはいつの間にか深く重なって、唇を開いたタイミングで舌も入ってきて、絡められた。
「ふぁ、ん……はぁ、ア……」
そのまま脇の冷蔵庫に身体を押し付けられて、縫い付けるようにキスをされた。
「……憂太」
唇が離れたタイミングで名前を呼ばれ、こちらも「龍さん」って呼び返したかったのに、再び唇を塞がれ、彼の口内へ消えてしまった。
ちらりと着ていたシャツを捲られ、石流の手が肌に触れてくる。それにはさすがに乙骨も身を捩って、唇を離した。
「…っ、ちょ、龍さん…!」
「……ダメなのかよ?」
思わず声を上げれば、石流にそんな風に問われて、乙骨はああもうと思ってしまう。
「ダメ、とかじゃなくて…!つーか、龍さんお酒臭いですよ!?酔ってます!?」
「酔ってる酔ってる」
「それ絶対酔ってないですよね……」
乙骨が呆れたようにそう言えば、石流はケラケラ笑いながら乙骨の顔中にキスをしてきた。もうと思っても、そうやってキスされたら乙骨の気持ちもむずむずしてきてしまう。でもその耳には電子レンジの音も聞こえてきて。
「僕、ご飯、食べたくて…」
「じゃあその後、オマエを食ってもいいか?」
「いや、ホン読みどうするんですか?しなくていいんですか?」
「…………」
「……イマドキの言葉なら、僕は分かると思うので、解説しましょうか?」
「……それは助かる」
そう言って離れようとした石流に、乙骨は逆に抱きついて、ポツリと言った。
「その後だったらその……食べてもいいですよ?」
僕のこと、とまでは恥ずかしくて言えなかったが、その意図は正しく石流に伝わったようで「おう」と嬉しそうに頷いた。
それからもう一度ちゅっとキスを交わしたところで、電子レンジのビーという完了のブザーがなった。
そんな感じで、石流との仲は順調だった。仕事も石流と共演した刑事ドラマから増えてきて、新しいドラマのオファーをもらったり、取材依頼も引っ切り無しに来るようになった。
刑事ドラマの劇場版の舞台挨拶にも呼んでもらって、サプライズで出てきた石流に劇中再現とか言われて肩に抱えられた時は素で顔を真っ赤にしてわたわたしてしまったので、ネットニュースとかにも取り上げられてしまったとかそんな出来事も。
(ほんと、色々順調すぎて怖いくらいだ)
こういう時こそ軽率なことをしないようにと気を引き締めたし、マネージャーからも注意するように言われていた。
石流の家に泊まった翌日、乙骨は昼から仕事があって現場に入っていた。ありがたいことにCM出演のオファーをもらい、その打ち合わせがあったのだ。
それが終わってマネージャーと今後の話をしたあと、一先ずその日は解放された。
帰り際に休憩スペースへ立ち寄り、ホットコーヒーを買った。それを口に入れながら乙骨は休憩スペースにあるソファに腰を下ろした。
(今日が打ち合わせだけでよかった…昨日の龍さんしつこかったんだもん…)
小さく息を吐き出し、ぼんやりと昨晩の出来事が頭に浮かんだ。
(今日も仕事あるから一回だけですよって言ったのに、中々イってくれなくて、その間に僕がどれだけ……ああもう)
その時のことを思い出して、顔が熱くなってきてしまう。いけないいけないと思ってコーヒーをもう一口飲み込めば。
「あれ、もしかして、憂太?」
そんな声を掛けられて、乙骨が顔を向ければ、刈り上げに色素の薄い髪色の青年が立っていて「よっ」と乙骨に声を掛けてきた。その顔に、乙骨は目を見開いた。
「あれ……もしかして悠仁くん?久しぶり!」
それからパッと表情を明るくさせてそう言えば、相手も「久しぶり~」と言って、買った飲み物を片手に乙骨の隣に座った。
彼の名前は虎杖悠仁、乙骨が本格的に俳優デビューする前、地下アイドルみたいなことをしていたときに、コンビを組んでいた青年だった。名前がゆうから始まる共通点があったし、性格が極端に違うところもシンメとしてウケがよかったのだ。
虎杖はその頃から運動神経が良くダンスも上手かったので、今は確か舞台を中心に活動していたはずだ。
「悠仁くんも仕事?」
「おう、今度出る舞台の打ち合わせ!」
「ああ、僕も打ち合わせだったんだ。こっちはCMだけどね」
「へー、憂太、最近めちゃくちゃ売れてるもんな~」
虎杖にそう言われて、乙骨が「へへへ」と笑えば、虎杖がスマホを出し「せっかくだから写真撮らねぇ?」と言ってきた。
「いいよ、久しぶりだもんね」
「みんな喜ぶぜ~」
言いながらスマホを掲げられて、乙骨も虎杖に合わせてポーズを取った。パシャッとシャッター音がして「おっけ~」と虎杖が言う。
「この間、配信したときにさ」
「うん?」
「コメントで、憂太くんと会ってます?って結構あってさ、まだまだ俺たちのこと好きなファンの子っているみたいなんだよね
虎杖がスマホを操作しながらそう言えば、確かにと、乙骨にも身に覚えがあった。
「僕もこの間インスタライブした時にそんなコメントもらったな~~嬉しいよね、あの頃から僕たちのこと応援してくれている子たちかまだいるって」
最近の仕事で新しくファンが増えるのも嬉しいけれど、やはり売れる前から応援してくれている人の存在はありがたいと思う。その人たちの応援があったからこそ、今の自分がいるとも思えるからだ。
そんな風に言う乙骨に、虎杖が「じゃあ」と口を開いた。
「そのファンの子たちのために、もっとイチャイチャした写真も撮るか!」
「え?」
虎杖の提案に、乙骨が目を見開いている間に、肩を引き寄せられた。
「ちょ…」
「えっと、憂太はちゅーまで平気なんだっけ?」
「ま、待って、悠仁くん…!」
そして流れるようにカメラを構えながら本当にキスしそうな距離で顔を近づけてきた虎杖を、乙骨は慌てて止めた。
「ああああのね、僕はもう、そういうのはチョット…」
「えー、もしかして今の事務所はNGなんか?」
「あーいや、そういうのじゃなくてさ…」
「もう売れっ子の憂太くんにはBL営業は不要…ってコト…!?」
「いや、その……」
乙骨がもごもごとしていれば、虎杖が何かに気付いたように「あー!」と言って乙骨を指差した。
「もしかして、マジの相手が出来た!?」
「う……まぁそう……」
ちょっと恥ずかしくて何となく顔が熱くなる。それをバッチリ虎杖に見られてしまって、ニヤリ笑って「へー」と言った。
「その人独占欲強いの?」
「…弱くはないとは言ってた」
「あーそれはめちゃくちゃ強いやつだ。なるほどねぇ、それだと確かにあんまりイチャイチャしてるのは載せない方がいっか」
そう言って乙骨の肩に回していた腕も離してしまう。それはちょっと寂しく感じてしまった。
「友達というか、元相方の距離感だったら全然大丈夫だけど」
「うんまぁそうだけど、俺たちの売り方ってそれで済むやつじゃなかったじゃん」
苦笑してそう言われて、まぁ確かにそうかと乙骨も思わないでもない。
「今回はとりあえず、ゆじゆた再会!ってことで投稿しとくな!」
「あ、うん。それなら僕も投稿していい?」
「分かった。じゃあ後で写真送るなー」
そう言って虎杖が再びスマホを操作しだしたので、乙骨も自身のスマホを確認する。その直後。
ちゅっと頬に唇が触れる感覚と、パシャッというシャッター音がして、乙骨が「え」と顔をあげれば、虎杖がへへへと笑っている。
「ほっぺちゅうくらいの燃料投下はあってもいいだろ」
「ちょ…ダメだって、絶対に載せないでよ!?」
「はーい!」
虎杖はそんな風に言うけど、これは絶対に載せるな…としか思えなくて、乙骨はどうかその投稿に石流が気付きませんようにと思った。
もちろんそんな乙骨の願いは虚しく、あっさり石流にバレることになるのだが。
※地味につづく。
※地下アイドルみたいなことをしていた時期の話は後々出てきます。