芸能パロ石乙 部屋の明かりを少し落として、目の前の画面に集中する。その画面に流れている映像は、侍たちが刀を持ち斬り合う時代劇ドラマだ。その映像の中心にいる男が、向かい来る他の侍たちをバッタバッタと斬り倒していく。それを食い入るように見ていれば、その男の視線がこちらに向けられたような気がしてドキリと胸が高鳴った。
直後。
「ああ?それ、いつのやつだよ?」
「ほぁっ!!??」
座っていた背後の耳元でそう声を掛けられ、テレビに集中していた乙骨は思わずそんな声をあげていた。慌てて振り返れば、今日は帰りが遅いと聞いていたこの部屋の主が立っていた。
「え、龍さん…!?もう、帰ってきて…!?んですか…!?」
「ああ、思ったより撮影がスムーズに済んでな」
そう言って、石流は着ていた上着を脱ぎ、ハンガーに掛けると、乙骨が座っていたリビングのソファの隣に腰を下ろした。
「で?これは……うわ、VHSじゃねぇか、よく残ってたなこんなの」
ソファの前にあるテーブルに乗っていた空のケースを見ながら、石流がそうボヤく。正直、乙骨としてはVHSを再生できる機器があるこの部屋の方がすごいと思うのだが。
「……おばあちゃんが録画してたやつなんです。僕の家にも再生するデッキないし、ここでしか見られないんですよ」
「まぁ、俺の昔のやつは、BDどころかDVDになってないやつもあるしな」
そう、それが石流の家のリビングにVHSを再生できる機器がある理由だ。テレビの横にある棚には最新作のDVDだけでなく、既に廃盤になった映画やドラマのVHSも並んでいるのだ。
そんな貴重なVHSの一つを乙骨が見ていれば、石流も隣で見ながら「うわ~」と声を漏らす。
「これほんと何年前のだよ……下手したら俺が20代の時じゃねぇか?」
「98年の作品なのでモロ20代ですね」
「うわぁ~~~」
げっそりとした表情でそう言いながら、見てらんねーやと言って、石流はキッチンの方に行ってしまった。
「…龍さんでも、そんな風になるんですね」
ちょっと意外そうにそう言えば、石流は冷蔵庫から出した缶ビールを片手に戻ってきた。
「そりゃそうだろ。自分が20代の時の演技とか、粗が多過ぎなんだよ」
乙骨の隣に座り、プルタブをプシュッと開けて、中身をあおる。そんな石流の姿を視界の隅に、乙骨はテレビをじっと見つめていた。
「……そんなにヒドいですか?僕はこの頃の龍さんも、すごく好きですけど」
画面の向こうで暴れ回る彼は、無鉄砲のようで周りの動きをよく見ている、そして常にカメラを意識しながら、時折鋭い視線を向けてくるのがゾクゾクした。
「昔は、すごいなカッコいいな、って気持ちしかなかったですけど、今、改めて見るとすごく動きが計算されてて勉強になるんです。僕は役に成り切って演じるから、割と感覚なんで、ちゃんと周りを見て演じなきゃって思いますよ」
「……どうだろうな、小手先で演じているとも言えなくはねーだろ」
石流はポツリとそう呟いてから、もう一口ビールを飲んだ。
「俺は正直、感覚で動いていたらただ暴れるだけで演じるにはならねーんだよ、それでも感情を見せなきゃ、いい演技とも言われない、感情的に演じているようで、冷静に動きを制御する、その辺の塩梅が上手くいかなくてよ、昔は苦労したもんさ」
アルコールが入っているからだろうか、珍しく弱気にも聞こえる石流の言葉に、乙骨は思わず顔を向けた。ほんのり切なそうな表情を見せる彼は、未熟だと評価する過去の自分の姿をじっと見つめていた。
「オマエみたいな没入型の演技をするやつや、憑依型の演技をする役者を見てると、才能があるってこういうやつらのことを言うんだろうなって思うことがある。もちろん今まで俺が演じてきた技法にも自信や誇りはあるけどよ、どう足掻いてもオマエらみたいにはなれねーんだなって、思うんだ」
そんな石流の言葉と表情にぎゅっと胸が締め付けられた。乙骨は顔をくしゃりと歪めると、石流の方に身を乗り出した。
「止めて下さい」
「あ?」
「僕が憧れている役者さんのこと、そういう風に言うの止めて下さい」
膝立ちになって石流に覆い被さり、顔の両頬を手で抑えて、自分の顔を近づけた。
「周りを見たり、自分をしっかり制御できる演技が出来るのも、ひとつの才能じゃないですか。龍さんがカメラの画角や映り方を計算して演じているからこそ、制御された感情でも強く伝わるんです、その視線に僕がどれだけ惹かれて来たか、分かってますか?」
今再生されている時代劇ドラマだってそう、祖母が見せてくれたのを何度も見た。他にも好きな役者さんはいたけれど、一際目の引く彼に子供ながらどれだけ魅了されたのか、この人は分かっているのだろうか。
「例え龍さんでも、僕が尊敬する石流龍って役者を否定するのは絶対に許しませんからね」
ムッとした顔でそう言ってから、すぐに身体を離して再びテレビの方を見る。目を離した隙に、話が進んでしまっていて、ああもうと思って巻き戻しボタンを押してきゅるきゅると画面を少し前に戻した。
乙骨がそんなことをしていれば、不意に石流が「ハハッ」と笑った。ビールの入った缶を、かつんとテーブルの上に乗せて、それから乙骨の腕を掴んで抱き寄せてきた。
「ちょ……」
そのまま腰を抱かれ、後頭部を抑えられて、唇を塞がれた。先程まで石流が飲んでいたビールの匂いと味がして、視界がクラッとした。
「んっ、はぁ、ちょ、りゅ、さ……酒くさい…!」
「飲んでたからな」
そうしれっと答えながら、首筋をれろっと舐めてきて、腰を抱く手も、するりと服の内側に手を伸ばしてきた。
「ちょ、龍、さん…!僕まだ、テレビ、見てて…」
「……後で見てくれ、もうむりだわ」
そう言いながら、石流が顔をあげて、乙骨を見てくる。その視線にドキリと胸を高鳴らせた。いつも自分が画面の向こうから焼かれた視線と同じだ、それを直に浴びて、どうにかなりそうだ。
「あ……」
「…好きだ、憂太」
その視線でそう囁かれたら、もう身体は動かない。再び口付けられて、お酒の匂いにクラクラしながらも、ぎゅっと彼の首に腕を回して、深く交わった。
(僕も好き、龍さんが、好き)
最初は憧れだった。それが役者になって尊敬に変わり、今ではそれに慕情が混ざった。それでも好きという気持ちは変わらない、ずっとこの先も。
そんな風に想いながら、二人は座っていたソファの上に折り重なるように沈んでいった。