石乙散文「オマエのことが好きだ」
そう言われて抱き締められて、身体が竦んだ。
その言葉の意味を理解し、飲み込む前に唇を奪われて、お誂え向きに背後にあったベッドに押し倒された。
そこでやっと言われた言葉の意味を理解した。それでも信じられない気持ちが勝っていたけれど。
「…っ、なん、で……」
なんで、僕なんかのことを。
苦しげに顔を歪めたけれど、再び降ってきた唇に言葉を塞がれた。
その後はもう、雪崩のようにあっという間に崩れていった。
(ヤバい……石流さんとセックスしちゃった……)
翌朝、乙骨はパンツ一丁でベッドの端に腰掛けて頭を抱えていた。身体中に残る痕跡だとか、お尻の奥に残る生々しい感覚だとか、それらすべてが昨晩の出来事が夢でなかったことを物語っている。
そして恨めしそうに後ろに振り返れば、ベッドの真ん中に大の字に横たわり、乙骨と同じくパンツ一丁で寝ている石流の姿があった。表情は穏やかというか、なんかスッキリしたみたいな感じで、もう人の気も知らないで!と思ってしまう。
そして甦るのは、昨日セックスに雪崩れ込む直前に、彼に言われたこと。
『オマエのことが好きだ』
その言葉を反復させて乙骨はうむむんと唸ってしまう。
(…石流さんが僕のことを好き…?そんなこと、あるんだろうか……)
現にそう言われて、セックスまでしてしまったのだから、そういう好意なのは本当なのだろうと思うのだが、乙骨の気持ちとしては信じられないという感情が強かった。
(僕、男だし……いや、男同士でそういうこともあるんだろうけど、石流さんってなんか…その、普通に女好きっぽい感じしてたのにな…)
対して自分は、石流ほどではないにしろ長身であるし、肉付きもよくない。抱き締めたって女性と比べたら心地良いものではないと思う。それなのに、自分を好きだというその理由はなんだというのか。
(あ~~~ほんとに分からない……このまま、部屋を出てったら、なかったことに出来ないかな…)
そんなことまで考え始めたところで、デスクの上に置いてあった乙骨のスマホがバイブした。何かメッセージを受け取ったらしく、スマホを手に取って画面を見れば、元担任からの呼び出しだった。
(なんだろ……複数の特級案件でもあるのかな…)
乙骨はベッドの上の石流を伺いつつ、いそいそと着替え、自分の寮の部屋を後にした。
石流の「好きだ」という言葉を素直にそのまま受け入れられないのは、その気持ちが信じられないのもあるが、同時に自分と石流の立場によるものもあった。
(だって、石流さんは受肉体で、呪術上層部で管理されている身だ、いつ、処分の判断を下されるか分からない)
そしてそれは、今現在、石流の監視役を務めている乙骨が執行することになるかもしれないのだ。そんな相手と好いた惚れたの関係になるだなんて、有り得ないと思うのだ。
(…だからそう、僕のこの気持ちも、忘れるべきなんだ…)
思わずぎゅっと胸を抑える。それは乙骨が昨晩の石流の行為を止められなかった一番の原因だ。乙骨は石流の気持ちを受け入れられなかったが、求められた行為を拒絶することも出来なかった。彼に触れられて求められて、嬉しいとすら思っていたのだ。
(……だめ、思い出すな……)
その感情を振り払うように前を向く。
彼への気持ちは忘れよう。
昨晩の出来事もなかったことにしよう。
彼に言われた気持ちも聞かなかったことにしよう。
そうするべきなんだ、そうあるべきなんだ。
そう言い聞かせて、恩師が待つ、呪術高専の母屋に着いた。
そこで乙骨は、自分を呼び出した恩師にわりとあっさりとんでもないことを言われた。
「監視対象の受肉体のうち、高専管理であった間特に問題行動を起こさなかった場合、呪術師として正式に認定することになったんだ」
今では呪術上層部の一員でもある目隠しをした恩師はパンパカパーンと言わんばかりに花を散らして乙骨に言った。
「よかったね、憂太。君が監視していた石流も特例の呪術師として認定されて、処分対象から外れるよ!」
それは喜ばしいことだろう。
乙骨だって、石流が処分されない方がいいに決まっている。
早く石流にも教えなければ。
これからも第二の人生を謳歌できますよって。
(……でも待って、それってつまり……)
自分は石流への感情を無くすべきだと思っていた。
その理由は、石流が受肉体であり、処分対象であり、自分の監視対象という関係であるから。
だから石流からの気持ちにも応えられない、忘れるべきだ、なかったことにするべきだと思っていた。
しかし、その石流が晴れて処分対象ではなくなるのだ、自分が彼への気持ちを抑える理由も、彼の気持ちに目を背ける理由もなくなってしまった、ワケで。
乙骨は思わず、自分の口元を手で覆った。
(え、待ってぼく……この後、石流さんに、どんな顔で接すればいいの…!?)
気付けば自分の目の前には、自分の気持ちと彼の気持ちに向き合う選択肢しか、残っていなかった。