石乙散文 何度目か分からない、呪力の高出力指向放出の撃ち合いで、乙骨は相手の呪力出力を上回ることが出来ずに吹っ飛ばされた。
「う、ぐ…!」
「ほらほら、まだまだ足んねぇぞ」
地面に這いつくばる乙骨に、相手はそう言って近づいてくる。乙骨はなんとか身体を起こし、顔をあげて相手を見た。
特徴的なリーゼントとポンパドールの髪型をしたその男は、乙骨が所属する呪術高専の非常勤教師である石流──呪術師の等級と単純な呪力量については乙骨の方が上回るが、呪力出力については右に出るものはいない。
そんな石流は、任務続きで高専の授業に出れない乙骨へ補講と称して野外での訓練をつけてくれていたのだが、乙骨が唯一敵わない呪力出力で撃ち合うだけなんてあまりに一方的ではないかと思っていた。
まぁでも彼に普段から言われている通り、自分は呪力のロスが多くて折角の呪力量を無駄にしている。最大出力を何度も撃ち出すことで、呪力の制御のコツは少しずつ掴めてはいたのだ。
(でも……もっと効率的な方法ないのかな…高出力指向放出の撃ち合いって正直この人がやりたいだけでしょ…)
そんなことを思いながらも、身体を反転術式で治そうとすれば──残りの呪力量が足らずに上手く行かなかった。
(まずい……)
乙骨がそんなことを考えている間に、石流が目の前に来て、乙骨を見下ろしながら言った。
「……呪力が底を付いたか?まぁスッカラカンってワケでもないよな?」
「……」
「でもオマエだったらさっさと回復するんだろ?」
石流の言ってきたことは確かにそう。呪力の総量は多いが、呪力出力のロスが激しい乙骨だったが、呪力の回復もそこそこ早い。それでも今は、指一本動かす気力もない──そんな乙骨に対して、石流はしゃがみ込むと、乙骨の顎をとり、くいっと上を向かせて、その唇を乙骨のそれに重ねてきた。
「……っ、……」
しっとりと触れるだけのキスをした後、石流はニヤリと笑った。
「…頑張ったご褒美だ」
そしてそんなことを言ってきて乙骨はムッとする。
「…罰ゲームの間違いでは?」
「はー?だーいすきな先生からのちゅーだぞ、ご褒美だろ?」
「……誰がそんな…」
言いながら、ここでムキになって否定してもこの人を楽しませるだけだと気付いて、言葉を止めるとひとつ息を吐いた。
「……大体、生徒にこんなことして、そっちは大丈夫なんですか?」
そして、石流を伺うようにそう言えば、石流は「あー?」と言ってから。
「俺は非常勤だから大丈夫だろ」
「いや……全然大丈夫ではないでしょ…」
「なんだー?俺のこと、心配してくれてんのか?」
変わらずニヤニヤしながらそんなことを言ってくるので、乙骨はムッとした表情のまま「もういいです」と身体を起こそうとした。
そんな乙骨に、石流がそっと耳打ちする。
「……だったら、今度任務の後、ホテルにでも行くか?」
「…っ、は…!?」
「…なーんてな」
石流は戯けたようにそう言ってから、ちゅっと乙骨の頬に口付け、あっさりと立ち上がり、乙骨から離れていった。
乙骨はいわれた言葉に顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせていたが、ああもうと頭をクシャクシャに掻きながら、立ち上がった。
(うっかり想像して、期待した自分に腹が立つ…!)
回復した呪力で、再び高出力指向放出を行うための力を練る。それに気付いた石流も、ニヤリと笑ってこちらに振り返り、その前に突き出たポンパドールの先端に呪力を練り始めた。
(早くこの人の呪力出力を超えて、目にもの見せてやる…!)
そんな野望を抱きながら、今日も真正面からぶつけ合うふたりだった。