PM7:00 ネロがキッチンでフライパンを振るっている。今日の夕飯を作っている。昼にパンを外で食った帰りに食材を揃え、「今日はなんだ」と聞いた答えは「豚肉のトマト煮込み」だった。
トマトと聞いて一瞬顔を顰めた俺だったが、うまいの作るから、と言われれば頷くしかない。ネロが作る料理はいつだってうまい。
「あとどんぐらいだ?」
「あー、洗濯物畳んできてくれよ」
そう言われて立ち上がる。一を聞いて十が返ってくるのは、相変わらず楽だ。室内には取り込んでいたがそのままになっていた服を畳んでいく。
俺の下着、ネロのTシャツ、俺のシャツ、ネロのデニム。こうして服を畳んでいると、一緒に暮らしているのだと感じる。
飯は昔からしょっちゅう一緒に食っていた。そのまま一緒に寝ることもよくあった。けれどそのときだって住む家は別で、ついでにどちらかの服も一緒に洗うことももちろんあったが、こう何もかも一緒に同じように、というわけではなかった。片方の家にいるのではなく、同じ家にいるのだ、と思う。
こんなくだらないことを考えていると思えば、いくらか昔の俺は笑うかもしれない。
畳んだ服を部屋に運び戻ってくると、じゅわじゅわ言っていたフライパンの音が静かになり、代わりにいい香りがしてきた。小さくくつくつ聞こえ始めた。
「もうすぐか?」
「ああ。お利口に座ってな」
肩に腕を乗せて覗き込むと、静かに沸騰したトマトソースの中に豚肉が転がっている。
「うまそうだな。赤でいいか?」
「おう。好きなの選んでくれよ。明日も休みだしゆっくり飲もうぜ」
パン屋で買ったエピは夜につまみにしようと取っておいた。「好きなの」であれば重い赤を選んでもいいが、ゆっくり飲むなら軽く開けられるものでもいいだろう。揃えてあるボトルの中から一本選び、ネロがちょうど皿を置いたテーブルに置いた。グラスも並べ、先にネロのそれに注ぐ。
「俺が注ぐよ」
手酌しようとすれば手を差し伸べられ、であればとボトルを渡す。ととと、と音を立てながら少し透き通った赤色が波を立てた。
「乾杯」
「乾杯」
一口潤してから、豚肉を食べる。じゅわりと肉汁が広がる。トマトの香りも良い。ワインが進んで、あっという間にグラスが空になった。
「あんまりペース上げんなよ」
そう言いながらもネロはすぐに酌をする。しかも自分も同じようにグラスを開けるのだから人のことは言えないだろう。今度は俺が酌をしてやる。
気持ちのいい夜はこれからだ。