その花言葉は酒精と煙と喧騒。様々な色や柄を重ねた布でできた大型テントの中は薄暗いが、ここに来ている酒呑み達にはそこまでの光量は必要ない。ランプと松明の炎によって人々は赤ら顔をより朱に染めながら酒を飲み、酒菜を喰らう。異国情緒溢れるテントの中、独特なリズムの太鼓と、打楽器。笛の音がより人々の杯を進ませる。
砂漠のオアシス横にあるこの街は、行商人や楽団などのキャラバンが多く立ち寄る。それは娯楽が少ない街の人達にとっては心のオアシスと言っても過言では無い。今回この街へやってきたキャラバンは昼間は大道芸を。夜はこうして酒の席に合うような音楽を奏でながら時折芸を披露して盛り上げていく。時刻はそろそろ針が天辺へ。時間的に最後の演目が行われる。
太鼓のリズムが速くなり、それに合わせて笛の音もオクターブ上がる。そのリズムが最高潮になると同時に、ステージ奥から幾重にも重ねられた薄いベールが揺れ動き、1人の踊り子がまるで猫のようにしなやかな動きで躍り出てくる。小麦のようなダークスキンの肌に重ねられた赤いシースルーの布達は、踊り子の豊かで長いライラック色の髪と一緒に、動く度にまるで生きているかのように揺れとても妖艶だ。ステージ中央で大きくターンをすると、大きく布が切り開かれた背中から逞しく、美しい筋肉が見える。そこで漸く、赤ら顔の男達は踊り子が男性である事に気づき始める。ターンをし、布を揺蕩わせながら優雅な一礼。そのままゆっくりと頭を起こす。煌びやかな金の刺繍が入ったフェイスベールと、長く垂れ下がった髪の間からキラキラと焚き火によって輝く金の目が、彼の妖艶さと神秘さをより深めていく。その頃には客は誰1人声も出さずにただ茫然と食い入るように踊り子へ夢中になっていた。それを分かっているのかいないのか、彼はベールの下でうっそりと笑いながらステージの上で舞い始める。両手足や髪へと取り付けられた小さな鈴達の奏でる音が、キャラバン隊の奏でる音楽と混じり合い、一体となっていく。
踊りの最後、踊り子が腰に取り付けられた薄いベールを客席へとふわりと投げ入れながら歩み出すと、競い合うように衣装の隙間へとチップが捩じ込まれ、捩じ込みきれなくなると緩く結われ、編み込まれている彼の髪にまで差し込まれていく。踊り子はそれらのチップを恭しく受け取りながら客席を優雅に一周し、最後にまた一礼してベールの奥へとするりと消えて行った。
「まるで夢を見てるかのようだった…」
「俺…新しい何かに目覚めちまいそうだ。」
暫く客は息を呑んで静かになっていたが、キャラバン隊が締めの曲を演奏し始めると夢から覚めた子どものようにぽうっとした表情のまま帰り支度を始める。
「おかえり。」
「キバナ!」
ベールの奥、そのまた奥にあるキャラバン隊の団員用テントは、控えめなランプの炎だけが灯されている。夜中という時間帯もあり、昼間は賑やかなこの場所も今はひっそりと沈みかえっている。ダンデは、自分用に与えられたテントの入口を潜り、部屋の奥に座っている男に気付くとさっきまでの妖艶さを払拭したような笑顔を見せる。嬉しさから駆け寄ると、捩じ込まれていたチップ達がパラパラと足元へ散っていくがダンデはそんなことを気に留めず胡座をかいているキバナの上へとストンと背中を向けながら座る。収まりの良い場所を探してダンデが動く度にチリッと着けられた鈴が揺れ動く。やがて満足いく場所を見つけたのか、ほうっと息を吐きながら背中をキバナの胸板へと預ける。キバナも先程まで仕事をしていたからか、惜しみなく露わにされた逞しい上半身は少ししっとりと汗で濡れている。背中に布の無い衣装の為か、いつもより彼の体温を強く感じてしまう。
「…?なんか君、良い香りがするぜ。」
「香油つけたの。ジャスミンのな。」
汗臭いのは嫌だろ?なんて言ってくるキバナを見て、水浴びよりも先にダンデへと会いに来てくれた喜びと、彼の小さな心遣いにダンデの心が先程の踊りよりも軽やかに弾み出す。
キバナはキャラバン隊で楽団に所属している。先程ダンデが出たステージでも、彼の彼の奏でる力強いリズムのお陰でより一層場が盛り上がった。そういうことへのお礼の気持ちも込めて振り返りながらキバナの胸板に顔を擦り寄せると、キバナもまんざらでも無いようでダンデの髪を手で鋤こうとするが、途中手に引っかかるカサリとした感触に顔を歪める。
「…酷い顔だな。」
「そう思うんなら、あのチップの貰い方やめろよな。」
「ふふん、嫌だぜ。」
あの方法だと、チップの額が跳ね上がる事もだが、何よりいつもは何でもスマートにこなし、穏やかさが服を着たような男が、獣のようにギラギラとした瞳で演目の間自分だけを見てくれるのだ。どうしてやめられようか。
全く意見を聞き入れそうに無いダンデの様子にため息を吐きながらキバナは壊れ物を扱うようにゆっくりとダンデの髪に取り付けられた鈴を外し、結っていた紐をほどき、髪に差し込まれたチップを抜き取っていく。胸元、背中、腰と少しずつ下へと手を動かしながら衣装とチップを取り払っていく。
「やっとオレさまのダンデに戻った。」
「俺はずっと君のものだったぜ?」
「…悪戯するのも大概にしとけよお前。」
ニヤリと悪戯が成功したように笑うダンデに対して、最後の仕上げとばかりにフェイスベールの紐を緩めながら「絶対今夜は泣かす」と心に決めてキバナはベールの下にあるダンデの唇へと噛み付くようなキスをした。