幸せの足音 パラパラと窓ガラスに雨粒が当たる音がし始め、冷えた空気が急速に湿っぽい香りを届けにくる。
「やっぱり降ってきたか」
「ロロ!ロトムの言う通り、洗濯物しまってて良かったロ〜!」
「そうだな。ロトム、いつも助かってるぜ」
ふわふわと浮かびながら飛び回るスマホロトムを指先で撫でてやると、それだけで小さな電気の光を飛び散らせながら喜ぶ。その可愛らしい姿に、ダンデは笑いながら雨が降る前に引っ張り込んできた、洗濯物がたっぷり入った籠を抱えて同じように笑う。雨音に気付いたヌメルゴンが、最近生まれたばかりのまだ小さなヌメラを腕に抱えてウッドデッキに繋がるガラス戸の前へとやってくる。大好きな水の気配と、窓やウッドデッキの床を叩く雨音が楽しいのか、まだ幼いヌメラはヌメルゴンの腕の中で興奮気味に「んめっ!めっ!めら〜」と体を揺らし、雨音に合わせて鳴いていた。それとは逆に、あまり雨が好きではないコータスやジュラルドンは自分からリビングにあるボールホルダーの所へ行き、ボールの中に入っていく。リザードンに至ってはロトムから雨が降ることを聞いて早々にボールに入っている。
「あれ。買い出しに行ったキバナって傘持って行ってないよな」
「…出発前の映像記録にも傘を持っている姿は残ってないロ…キバナ、濡れちゃうロロロ…?」
「そうだなぁ。ロトム、いつものスーパーまでの道のりナビできるか?」
「ダンデがロトムの言うこと聞くって約束してくれるならできるロト!」
「ははっ!約束しよう。じゃあ、道案内よろしく頼むぜ」
「キバナ、きっとダンデがお迎えに来たら喜ぶロ!」
『お迎え』と言う単語に反応したのか、外を見ていたヌメルゴンがペタペタと足音を鳴らしながらダンデ達の所へとやってくる。
「キバナのお迎え、ヌメルゴン達も行くか?」
「ヌメッ!」
「め〜!」
彼女達は、ダンデからの誘いを聞いて、待っていましたとばかりに元気いっぱいの返事を返した。
弾む足音と、それに合わせてはしゃぐ声。片腕に小さなヌメラを抱きながら、もう片方の手でお気に入りの傘を器用にクルクルと回すヌメルゴンは大層機嫌が良さそうだった。
淡いブルー生地に、ふんだんに白のレースが装飾されたその傘は、去年日差しが強くなってきた時期に晴雨兼用で使えるからと、キバナがヌメルゴンへとプレゼントした物だった。自身の特徴から日差しがそこまで得意では無いヌメルゴンは、その可愛らしい傘を貰えたことも、キバナからレディ扱いを受けることも嬉しかったようで外出時は殆ど毎回さしている。
水溜りから水溜りへ。軽やかにジャンプして飛び込むたびに、腕の中のヌメラから歓声が上がる。雨を最大限に楽しんでいる微笑ましい様子を、目を細めて見ながら、ダンデはロトムへと動画の撮影をお願いしたのだった。
「うあー、マジか。結構降ってんな」
ちょっとそこまで。なんて一人、軽い気持ちで家を出たので天気予報なんて見ていなかった。元々ガラルは雨が降ることは多いが、ここまで大降りになるとは流石のキバナも考えてはおらず、濡れそうになる買い物袋を胸に抱き込みながらスーパー入口にあるオーニングの下へと移動する。
「完璧ミスったわー……」
この様子では暫く止みそうにない。じわじわと靴の底から雨水達が染み込んでくる感覚に内心舌打ちしながらキバナはため息を吐く。こうなったらずぶ濡れ覚悟で家まで走ってしまおうか。なんて考え始めていた時、キバナのスマホロトムがポケットから飛び出した。
「ロー!ダンデからメッセージロト!」
「お、なんだろ。買い足す物とかあったのか。ロトム、開いてくれるか?」
「お任せロト!」
『プリンセス達がお迎えにあがるぜ!』
メッセージにはシンプルな一言。添付されていた動画を見れば、雨の中ではしゃぐヌメルゴン達と、傘を片手にそれを楽しげに見守るダンデが映っていた。
「うわっ可愛いしかないわ。ロトム……」
「動画は『たんぽぽちゃん』フォルダに移動済みロト」
「流石ロトム分かってるな」
「そろそろダンデ達のデータだけでロトムの容量いっぱいになるロト。保存用記憶媒体の追加購入をおすすめするロ…」
「そっか…そうだな」
ロトムが呆れたように言ってくるが、それだけたくさんダンデと、ポケモン達との思い出が増えたという事実の方が嬉しい。
そんなやり取りをしていると、道の向こうから賑やかな話し声と、水溜りを足で思い切り弾く音が聞こえてくる。
さっきまで憂鬱にさえ思えていた雨音が、幸せを運んでくれる音に変わり始める。
「こっちだぜプリンセス達!」
幸せを待つだけなのは自分らしくない。そう思ったら居ても立っても居られず、キバナは大股でその幸せに駆け寄る。一際派手に飛び跳ねた水飛沫が、靴も服も体も濡らしていく。その感触さえも愛しくなってキバナは口元を隠さずに大口開けて笑ったのだった。