よく見てみよう「どした?」
「……」
「えっ…本当になに?」
休日の朝。一通りのトレーニングを終えたキバナは、のんびりとカウチに座りながら数日前に発売されたポケモン雑誌を読んでいた。気になっていたコラムの続きを読もうと、ペラペラとページをめくっていたが、同居人がどうにもこうにも凄く熱い視線をずっと無言のまま向けてくること、三十分。最初は気のせいかと思っていたが、パチリと音が出そうなくらい目線がかち合った後も、何故かダンデは、座っているキバナを真正面から直立不動で見つめてくる。しかも、焦れたキバナがあれこれ話しかけても全く反応は無く、只々この謎な状態が続いている。
ダンデは、口で説明するよりも行動で示す方が速いと思うと、時々突拍子もない行動に出ることがある。後から理由を聞くと、なるほど。という内容も多いが、理由を聞いても首を傾げる内容の時もある。今はどちらだろうか。そう考えながら、キバナはつやりと輝きながらこちらを見つめてくる琥珀色をぼんやりと眺めたのだった。
それからまた三十分程。キバナも段々視線に慣れ、ページを捲りながら時折淹れておいたお茶を飲む。さて、何だか長期戦になりそうだし、積み本でも持ってこようかな。なんて考え始めた頃に、ようやくダンデは言葉を発した。
「…キバナは」
「あっ、やっと意識こっちに向いた?」
「キミは、本当にいい男だな」
「ありがとう…えっ?いや、ほんと…なに…?」
疑問に答える言葉は無く、そのままダンデは自室へと機嫌良さそうに戻っていってしまった。残されたキバナは、ダンデの行動の意味が分からないまま終わってしまった事にちょっとだけ残念さを感じはしたが、とりあえずキッチンへと足を向けて、冷めた紅茶を淹れ直した。ちょっとお高めのダージリンの茶葉は、キバナの混乱を他所にフワフワとポットの中をはしゃぐようにジャンピングしていた。
『Step2実物を見ながら描きましょう!』
「じゃあ、そのまま寛いでいてくれ」
「あれっ?もしかして続いてるのこれ?」
疑問は残りつつも、まあ夕飯の時にでも理由を聞いてみよう。キバナがもう一度雑誌の文字列へと目線を下ろしていると、予想とは違いダンデはすぐに階段を降りてきた。さっきまでと一つ違かったことは、その手の中にペンとメモ帳があることだ。それを持ってキバナの前に立ったかと思えば、また特に理由も話さないままダンデはメモ帳へとペンを走らせ始める。
キバナは、とうとう考えるのをやめて温かい紅茶を喉の奥へと迎え入れた。お高めな茶葉を使ってみたが。今の気分で飲むものでは無かったな。とちょっとだけ後悔したことはキバナの心の中だけの秘密だ。
「丁度良かった。ふたりとも、どう思う?」
「ギギ」
「ふりゃ?」
メモ帳と真剣に向き合っているダンデが気になったのか、暫くするとギガイアスとフライゴンが手元を覗き込みにくる。ダンデは、そんなふたりに手元のメモ帳を見せて、なにやら話しかけている。暫くふんふんと眺めていたふたりは、何だか楽しそうな雰囲気でダンデに頷きながら鳴き、それからキバナの方を見てもう一度元気いっぱい鳴く。
「おおっ!やったぜ!キバナ!」
「おめでとう。いや…そろそろ本気で何なのこの状況」
「あれ?言って無かったか?」
「言ってないな」
「じゃあ、今言おう。というか、見せると言った方が正しいな」
ほらこれ。なんて言いながら見せてきたメモ帳を覗き込み、キバナはダンデの不可解な行動の意味を漸く理解したのだった。
「これ…オレさま?」
「よしっ!今度はキバナにもちゃんと分かってもらえたぜ!!」
リザードンポーズをしながら喜びを表現するダンデを見て、キバナは可愛いと思いつつ。何でこんな事になったのかを、「今度は」という言葉で正しく察した。
「…もしかして、前に描いてたあのモジャン「キョダイマックスリザードンだぜ」……り、リザードンの絵を分かってもらえなかったのが悔しかったのか?」
「……」
「えっ!?今更恥ずかしがるのかよ!お前のタイミングよくわかんねぇわ!可愛い!こっち向いて!可愛い!ロトム!ロトム!」
「やめてくれ!ロトムはステイ!冷静になったら、ちょっとだけ恥ずかしくなってきたんだ!」
顔を隠す帽子が無い今、ダンデは顔を真っ赤にしながらキバナから離れようとするがキバナの方が手も足も長かった。顔を隠していた片手をチョコレート色の肌に掴まれ、腰も抱き寄せられて、空のような色の瞳とかち合わせられる。
「ロロ!仲良しさんロト!」
大騒ぎしながらドタバタと攻防を続ける二人の姿を、嬉しそうな声でくるくると周りを飛びながらロトムが写真に収めていく。
静止画で切り取られた二人は、目を細めながらとても楽しそうに笑っていた。それを確認したロトムは、もう一度にっこりと笑って撮った写真をお気に入りフォルダに移すのだった。