上着と写真あ、と背後で小さな呟きがあった。
振り向けば、小さな足音を立てて階段から降りてきたシュウが、リビングで立ち止まっている。
木目が活かされているこだわりのテーブルセット、同居人数分のチェア。
ルカの定位置の椅子の背に、ボスのコートが引っ掛けられていた。
ミスタがプロコン片手にゲームに熱中していた最中、どたばたと騒がしく帰ってきたルカがとりあえずシャワー!と叫びながら置いていったもの。
トレードマーク的に、別に見慣れたいつものそれを、シュウが何気なく手にとって。
そっと、自分の腕を通していく。
細身の黒い長袖のパーカー姿がほぼほぼ隠れて、少しの身長差と胸の厚み分はやっぱりだぼついて見えるなと思った瞬間。
ポヒュッと、不思議な音が間抜けに響いた。
「あ、」
ルカのコートのポケット。
そこから、紫と黒がどす黒く混じったような煙が発生している。
火にしてはおかしいが、ゆらゆらもくもくと上がる煙はどう考えても放置していいものではないだろう。
「はァ?!」
思わずもう手に持っていただけのプロコンをソファに放り出して、ミスタが叫べば。
シュウはバツが悪そうに、少しだけ苦笑した。
「あ、と。僕の術に、反応しちゃったみたい」
「じゅつ!?」
「これだね」
鋭く優美に整えられた爪先が、煙を掻い潜って一枚の紙片を取り出した。
最早半分以上ぼろぼろになってはいるが、女が写っていた写真のように見える。
「気にしてもらうための、おまじないみたいな術だけど。気持ちが強すぎて、僕の防御に反応しちゃったみたいだ」
これだとルカに効いたとしても、プラスにもマイナスにも働いちゃうんだと思うけどなぁ。
ぽかんと見つめているだけのミスタに、親切な説明だけを残して、写真は欠片も残さずに燃え尽きる。
ただ呪術師の瞳は、どことも知らぬ女の面影を辿って氷のように冷たく。
君なんかには、渡さないよ。
密やかに微笑んだ唇は、声を落とさなくても心中を察することができた。
シュウは内向的な性格だと、ミスタは思っている。
普段から誰にでも献身的で、情に厚くて。けれども仲間だと決めた相手には、より一層それが顕著になる。
だが、でも。今のはどう考えてもニュアンスが違くないか。
「あ……あ〜〜、シュウおま」
「彼には内緒で。ミスタ」
「それはどっちをだよ」
今の、独占欲バリバリのクソデカ感情をか。
それとも怖すぎるおまじないのほうをか。
聞けば、グループ1清楚な男は口元に手を寄せながら思案した。
「どっちも、はだめ?」
「は〜言うと思ったぜ。別にいいけど。でも、もう1件は自分でなんとかしろよ」
「もう1件」
なにそれ、そう言いたげなシュウの後ろから、ばたばたと聞き慣れた足音。
ほんとにざっと埃を流したかっただけなんだろう。
表情を変えた呪術師がコートを脱ぐのよりも早く、話題の中心の男がリビングに踏み込んできた。
「し、シュウ?!! あれ、俺の、えっ、??」
ぶわっと顔を赤くしたルカが、呆然と。でも食い入るように自分のコートを着たシュウを見つめている。
かわいい!!とか、彼シャツ?いや彼コートだ!!とか思ってること丸わかりだ。
猛烈に見えない尻尾がぶんぶんと振られているのがわかる。
あんな対面していて、未だにシュウが気づいていないのが不思議でならない。
「る、ルカ。ごめん、勝手に着ちゃって」
「ぜんぜんいいよ!! POG!」
1件、2件、3件だって?
いや全部に於いてお前らがくっつけば問題なくね?
どう見ても両思いのふたりを横目に、かと言って空気を読んで退室するのもなんかヤダ。
彼らには背を向けて、むうと唇を尖らせた探偵はまたゲームに没頭すべくプロコンを構え直した。