わたしは色彩 きみは光彩「何色がいい?」
「赤がいい。」
「俺は青がいい。」
「意見が割れたな。ならどうする?」
「そうだな、赤にしよう。」
小さな机を大きな体ふたつで囲んで何をしているのか。きっかけは何だっただろうか。娘のガブリエラの学校で出された工学の課題、いや図工の課題か、そんな話からだった気がする。ふたりとも揃ってエンジニアなんて肩書を持っていたから、始まりかけた行為を中断してこうして肩をくっつけてあれこれとアイデアの種を真っ白な紙に描いていくことに夢中になっている。
「これなら。」
うまく使えばヴィランの捕縛に…と言いかけてミゲルは慌てて口をつぐんだ。平穏で普通の生活を過ごしている彼に自分の素性を知られているとはいえ、自分の口から彼に物騒なことを言うことははばかられた。
「そういえばどうして赤?」
「良いものの色は赤色だろ?俺の世界のヒーローは赤色なんだ。」
「そうか。ヒーローか。……それでいったらやっぱり俺は青色だな。君のスーツが青色だからかな。そういえば君は青なんだ?赤色がいいんじゃないのか?」
「別に、深い意味はない。体がこんなことになってたまたまこの色のスーツしか着れなかったから。ズルズル続いているだけだ。」
「変えてみたいって思わない?」
「……このままで困ってないから。」
「ふうん……。じゃあこれからも俺にとってヒーローは青色のままなんだな。」
会話が途切れると、沈黙の音が聞こえてくるようだった。彼がじっとこちらを見つめているこにミゲルは気がついた。不自然なまでの静けさに彼の視線からも音が聞こえてくる気がした。だってつい数十分前まで意味もなく見つめ合ったり体を擦り寄せ合ったりしていたのだから、どうしたってそんなことを思い出してしまう。
「君の目、赤だったね。それにこの手首から出てくるものも赤色だ。」
彼が口を開く。
両頬を大きな手のひらで包まれて彼に、覗き込まれた。ミゲルから失われたブラウン色のふたつの瞳が、天井の照明を背にしているせいかより濃く深い色になっている。ミゲルはなんだか逃げ出したくなって彼のその深い色を見ないように、眩しい天井の照明を見た。
「あ、そらさないで。もっとよく見せてよ。」
「あまりそう見ないでくれ。」
「……なぜ?」
「……。」
彼の好奇心だけを含んだ視線と、ミゲルの不埓な感情が湧き出つつある視線がぶつかった。ミゲルの瞳のあるのかもわからない底まで見通したいように大きく開かれた瞳に光が宿っていて、まるで小さな星の一粒のようだった。
「……。」
「……。」
どのくらい、きっと十秒くらいそうしていた。ミゲルにとって長くて短い時間だった。
すると今度は彼が視線をそらした。彼の瞳の中の星が消えていくのを残念に思う。
「……どうした?」
「いや……その。はは。なんでだろう?」
「俺に聞かれても。」
「……、だって……。」
あ、とミゲルは気付く。
彼の目元が滲んだように赤い。さきほど彼がしたように今度はミゲルが彼の両の頬を包んだ。反射的にぎゅっと閉じられた彼の瞼が憎らしい。
「俺にも見せてくれ。」
「え、さっき見ただろ?もういいじゃないか。」
目を閉じたまま彼が言う。無防備なその姿にこのまま食べてしまいたいような空腹をミゲルはお腹の下の方で感じた。もしかしたら彼も自分と同じような空腹を感じていたのかもしれないと考えると、小さな火がついたように熱くなる。
「なぜだ?もう一度見たいんだ。」
観念したのか彼の閉じた瞼がそっと開かれる。ブラウンの瞳にわずかに潤んでいるせいか、今は照明の光をさっきより多く取り込んでいるせいか、いくつもの星が散らばっていた。
「わあ、君の目、暗くても赤いんだな。燃えてる星みたいだ。」
「君がそれを言うか?」
なんだかおかしくなってミゲルは笑ってしまう。彼もそうなのか同じように笑っていた。
そしてふたりは言葉もかわさずベッドへと向かった。