ことの始まりある程度整ったデスク、発光するいくつものモニター、そこらに転がった試作品、その他装置やら、なんやら。見慣れたミゲルのワークスペースだ。いつも通り何も変わりはない。はずなのに。
今はそのどれもが見上げるほどに大きい。
「どうしてこんなことに……。」
すっかり小さくなった背中を丸めてミゲルはそう独りごちてみる。デスクの下のかろうじて絡まり合ってない配線の隙間に溜まったホコリがやたらと生々しくてこれが現実だと知らしめてくる。
「なに気取ってるの。シリアスに言ってるけどあなたの好奇心のせいでしょ。」
そう言ってきたライラの呆れ顔がいつもより詳細に見えた。彼女を構成している電子の光の粒の規則正しい配列が肉眼でもはっきりと捉えることができる。蜘蛛の力を得てからというもの通常の人間より遥かに視力が高くなったとはいえ、こんなにもよく見えたことはない。頭痛がする、とミゲルは眉間を指で揉んでみたが効果はさほどだった。
「まさかあなたとおんなじ目線の高さになるなんて思わなかったわ。」
「……。」
ぐうの音も出ない。今のミゲルは、手のひらサイズだったライラと同じ手のひらサイズなのだ。全く何の反論もできやしない。
「別にいいのよ。あなたの好奇心は。別に。面白いあなたを見るのは楽しいし。」
でもね。とライラは続ける。
「徹夜ハイの思い付きでなにかをするときは相談してちょうだい。あなたまた最高記録を更新したの?そんなときに限って私にミュートをかけるんだから。あなたのそういうところよ、ミゲル。分かる?」
はあ、とついたライラのため息にミゲルの肩が跳ねる。まるで年上の家族に叱られている子どものようだ。そういうところってどういうことだ、とミゲルは思ったが、ミゲル自身この自業自得でしかない有り様を後悔していたから素直にコクリと頷く以外できなかった。
「とりあえず、記念に写真だけ取っておくわ。」
パシャシャシャシャ、と連写モードでミゲルとのツーショットを撮っているあたり、ライラはその言葉以上に現状を楽しんでいるのかもしれなかったが、それを突っ込んでしまったらさらに藪蛇になってしまいそうでミゲルはクッと口を噤む。あとで酷いくらいに加工でデコレーションされて仏頂面の自分に写真がライラから送られてくると考えると今から気が重くなってくる。
「それで、どうするの?そもそも原因はなに?こんなときに限ってアナログの作業のほうが多いって、あなたって本当に。」
「すまない。……自分でもよくわからないんだ。」
「これは何?この構築。それにこの装置。本当に何をしたかったの、ミゲル。」
「……。」
「も〜どうするのよ。」
「うう…ん。」
こんな想定外の事態のさなかにあっても、徹夜明けの重たい頭では熟考することは難しい。なぜ自分の体を小さくしようだなんで思ったのか。全く意味不明であった。
偶然にも、……奇跡的といったほうが正しいかもしれないが、今ここにいるのは小さくなってしまったミゲルとライラだけで、他の誰の姿もない。スパイダー達に見つかるのはまだいい。もしかしたらミゲル自身直し方のわからないこの減少を解決してくれるかもしれない。しかしキャットに見つかってしまいでもしたらどうなるかわかったものではなかった。彼はただの猫ではないのだ。うっかり食べられてしまっては、と考えるだけで背筋に冷たいものが走った。ここにいるのはよくないかもしれない。
「……しばらく隠れてもいいかもな。」
体とともに小さくなったグーバーを起動させみると、ノイズの一つもなくモニターに数字が映し出された。ポチポチと操作してみるといつも通りに動いた。問題ないようだった。
「ちょっと!今それはやめたほうが!」
焦った声のライラに顔を向けた拍子にモニターに重ねていた指が滑った。
ポータルが開く。
「……え?」
「ミゲルッ!」
ライラに相談すべきだとついさっき反省したばかりだったのに。次元を渡る巨大なポータルに無常に吸い込まれ、ハリケーンの中の一枚の木の葉のようにもみくちゃにされながらミゲルは何度目かの後悔をしたのだった。徹夜なんてするものじゃない。
「で、事故的に偶然ここに来たってこと?」
「……そうだ。」
「君ってすごく頭がいいのに時々うっかりさんだな。何してるの、ほんと。これじゃ小蜘蛛だ。」
「……異論は、ない。」
「でもまあ、良かったじゃないか。知らないどこかじゃなくて、ここで。」
「それは幸運だと思っている……。」
「ライラとは連絡つかない?」
「通信が途切れている。」
「ふーん……。ならしばらくここに居る?」
「……いいのか?」
「うん。いいよ。心配だし……。なんか変な感じだ。君が手の中にいるなんて。」