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    sushiwoyokose

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    アルべの掌の傷ネタのアルユリ

    最後の傷「ユリウス。邪魔するぞ」
    書類にサインをもらうべく、友の研究室を訪ねる。おざなりなノックを数回。宣言と共に返事を待たずして扉をくぐれば、にょろにょろと伸びてきた触手に「ぎ」と奇妙な挨拶を受けた。つるりとした頭を左右へ振っているから、恐らく歓迎なのだろう。棘を撫でてやると鋭い牙が呑気に微笑み、「主人はどこだ」と聞けばマントの端をついばまれた。引っ張られるままついてゆけば、友は机の上でなにやら怪しげな小包を上機嫌に解いている。
    「なにか仕入れたのか? 怪しいものじゃないだろうな」
    「勿論。健全かつ安全な素晴らしい逸品だとも。高らかに入室の宣言を聞いた後だよ? 君に見せられないものであったなら足元に隠して書類仕事のふりでもしているさ」
    「まったく……。俺の過保護に呆れるのは結構だが、まず過保護にさせない努力をするという頭はないのか」
    「さぁて、ねぇ? 安心し給え、冗談だよ。君の前で嘘は吐くまい。肝を冷やす真似も然り、そういう誓いをしただろう?」
    けらけらと楽し気に喉を鳴らすユリウスにため息を投げ、包みを解く友の手元に近寄る。開けた紙袋から、新たな紙袋が現れているあたり梱包は厳重なようだ。放られた一番外側の包みにはいくつものタグが引っ付いている。どこか、遠くから取り寄せたのだろうか。いったいどこから仕入れたものかと放られた紙袋を拾い上げると、差出人として綴られていたのは実に見知った名前だった。騎空艇、グランサイファー。世話になったという一言では到底表せぬほど、恩人も恩人の騎空士が率いる巨艇の名だ。
    「ジータから?」
    「ああ。正確に言うのであれば、手配をしてくれたのはシスなんだがね」
    シス。その名を軽々しく呼ぶことすら憚られる、全空最強の騎空団「十天衆」のうちの一人である。彼もまた、レヴィオンにとって大の恩人だ。魔物の集う温泉街を守るために、十天衆の面々に協力を仰いでくれたのは他でもない彼だと聞いている。
    最強と呼ばれる所以である戦いっぷりを間近で目にしたこともあり、ジータの友人とわかっていても彼らと接するときはなんとなく背筋が伸びてしまうものだが、どういうわけかユリウスはこの「シス」というエルーンの少年と友好関係を築き上げたようだった。十天衆として単独の依頼をこなすこともあるらしい少年から、ユリウスの頭脳を借りようという便りが届くこともしばしば。反対に、ユリウスが十天衆の知恵を借りようと彼に手紙を差し出すこともある。全空最強に友が頼られている誇らしさは勿論だが、なによりユリウスの視野が今までよりずっと広く向いていることが嬉しかった。以前の彼であれば、国の外に目を向けて、他者を助けるなどという余裕は見せなかっただろう。それほど、彼の人生は贖罪のためのものになってしまっていた。人の命を奪った罪は重く、それは償ってしかるべきものである。わかっているとも、わかっているのだ。しかし、願いはやむことがない。一時でも構わないから、呪いのような憎悪を脱ぎ捨てることはできないものかと。友の人生が、健やかに、穏やかになってはくれないかと。
    「なんだい、その笑顔は。説教をしたり疑ったりにやけたり、忙しいね雷迅卿」
    「それだけお前が愉快な友なのさ。で? 全空を統べる十天衆から一体何を取り寄せたんだ」
    厳重に重なった包みをいくつか剥いで、ようやく中身が顔を覗かせる。得意げなユリウスが掌の上に乗せたのは、美しく艶を光らせる見事な二枚貝だった。海産物、にしては匂いがない。乾燥しているということは貝殻だろうか。
    「貝……?」
    「ふ……、入れ物はね。中身は軟膏。薬だよ。そら」
    素直に首を傾げた俺を笑って、器用な指先がそっと貝殻の口を割る。すっかり磨かれたくぼみには、乳白色の練り薬が几帳面にぴったりと収まっていた。粘度のある軟膏はレヴィオン国内でもよく見る風体をしているが、漂ってくる薬草の香りは嗅いだことのない複雑なものだ。
    「シスの知り合いに、腕のいい薬師がいるそうでね。十天衆もさんざ世話になっていると聞いて、特別に調合していただいたのさ。貴重も貴重な逸品だよ、ジータという伝手がなければ到底手に入らないものと言っていい。それから、君の眉間の皺から先手を読ませてもらうが……決して身体の不具合があって取り寄せたものではないよ」
    「む」
    薬、という単語を聞いた瞬間、脳裏に過った不安を拭い取られて閉口する。星の力を借り、「自決騒動」によって深く刻まれたユリウスの傷はすっかり塞がったはずだが、そもそも医者が匙を投げるほどの大怪我だったのだ。至って健康に戻ったというお墨付きをもらっているものの、同時にいつ、どんな後遺症が出てもおかしくないと釘を刺されてもいる。そこに特製の薬を取り寄せたと言われれば、真っ先に心配が出るのも致し方ないだろう。なんでもお見通しと言いたげな薄赤の瞳をじっと眺めるが、くんと目じりを持ち上げて笑う友の顔に雷の審判は落ちそうにない。
    「――信じるよ。だが、自分に使わないと言うならなんでまた薬なんかを? 何に効くものなんだ」
    「なんだろうねぇ。ではアルベール、お手を拝借」
    「は?」
    話の先が読めず、訝し気に目を細める俺を友は相変わらず笑って見上げている。ぐ、と伸びてきたのはユリウスの手だ。書類仕事をするからと小手をしてこなかったから、掌のぬくもりがよくわかる。所作美しく、優雅に振舞う友の手に比べて攫われた俺の掌は酷い有様だった。硬くなった剣だこは勿論、真っ赤に腫れあがるケロイドがいくつか。天雷剣から受けた、審判の名残だ。
    (あ)
    これか、と。答えを貰う前に、頭の中に納得が落ちる。
    「ろくに手当もせずに剣を握るから、悪化する一方だろう? マイム君がしきりに心配していてね。理由も聞いた。……、責任を少し、取るべきだなと」
    「……お前の痛みに比べればかすり傷だ」
    「痛みは比べて誇るものではないだろう? そもそもにして、私を理解するために君が同等の苦痛を負う必要などさらさらないんだ」
    「だが」
    「君の過保護で、私は随分と癒されてしまった。だから君も癒えるべきだよ」
    「……だが、俺は」
    「アルベール」
    静かな声だった。しかし、抗えぬほどに力強い呼び名。言葉を失って友を見る。柔らかく微笑んだ男は、凛と美しく俺のことを見ていた。遠い昔に捲った、おとぎ話を思い出す。楽園に暮らす女神か天使かが、こんなような優しい顔をしていたはずだ。
    「痛かったね」
    決めつけではない。強制でも、決して。例えば幼子の頃、怖い夢を見た時に、母がそうっと寄り添って身体を抱き上げてくれたような。そういう安心感が、じんわりと身体を包み込んでいった。すべてに守られる感覚。すべてに愛される感覚。理屈を抜きにして、「だいじょうぶ」という魔法のような言葉が胸に安堵を運んでくる。
    「……、ああ」
    気づけば、友に取られた掌は確かにじくじくと痛みを持っていた。腫れているとは思っていたが、こんなに熱があっただろうか。真っ赤になったケロイドのそれぞれに、心臓が分かれたように脈動が散っている。痛い、そうだ、痛かった。けれどこの痛みこそが、罰だと思って。
    「君と私が似ているという君の言い分にはおおむね反対だったんだがね」
    柔らかな薬を塗りこめながら、ユリウスは軽やかに言葉を紡いでいく。ふ、と視線を下げたのは、黙って友を見つめる俺の顔をあえて見ないよう気を配ってくれたからだろう。
    「確かに、不思議なほど考えが似ることがある。だから思ったのさ。贖罪に囚われた私と同じように、君だってもしやとね」
    「……、同じ、か。……そうだな。俺も、償ってしかるべきだと頑なになっていたかもしれない。お前を苦しめたのだから、俺も同じように、と」
    「何度も言うよ。同じになろうとしなくていい。ただ、傍にいてくれたまえ。君もそういってくれたじゃないか」
    「……そう、そうだな……。確かに、その通りだ」
    体温を吸ってぬるくなった軟膏は、妙な清涼感をもってしてじんわりと痛みを奪っていってくれる。微笑みを絡ませたユリウスの言葉も薬だった。どこかで胸につかえていた痛みを、赦しがそうっと撫でて癒している。
    「まず、ジータにね。酷い跡にも効くような薬を知らないかと聞いたんだ。そうしたらシスを通じて、特別製のものを拵えると。……効くといいね、見目も少しよくなるといいが」
    「せっかくお前が取り寄せてくれたんだ、きっと効くさ。……毎日塗るのか?」
    「そうとも、それも一日に何度かね。できれば日に当てないほうがいいらしいから、あとで包帯でも巻き付けておこうか。少し大仰だがまぁ、少しの辛抱と思って。心配せずとも、君がほっぽってしまう前に私が面倒を見るから安心したまえ」
    「お前も大概世話焼きだ」
    「そういうところも似ているのかもね」
    軟膏を纏わない手が、今度は目じりに伸びてくる。目をそらしてくれていたのに、耐えられなくなってしまったんだろうか。ぼろぼろと零れていた涙が、乾いた友の肌に染み込んでいった。
    「さて、用があってきたんだろう? 手当が終わったら済ませよう、先に用件を聞かせてくれるかい」
    「……サイン、だったんだが」
    「が?」
    「休憩もしたい。少しだけ二人で、だめだろうか」
    「ふ……。いいよ、休憩を入れようか。久しぶりに実験茶でも飲むかい? 昨日、掃除をしていたら三年熟成の茶葉が出てきてね」
    「腹の薬を取り寄せる羽目になってもいいなら」
    「君のためならなんでもするさ。どんな味に仕上がっているかな、感想はしっかりお聞かせ願おう」
    「こんなところで献身を見せるな。普通の茶にしてくれ、普通の」
    昔と変わらぬ小競り合いに、情けなく鳴る嗚咽を混ぜる。ようやく自覚した痛みが、優しい眼差しを受けてあっという間に遠くへ行くのを少しの罪悪感と共に見送りながら新たな決意をひっそりと噛みしめた。幸せに生かしたい、だけでなく。幸せに生きていくのだと。彼ばかりではなく俺も、一心同体を誓った二人、必ず友に、傍で、一緒に。

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