「───きみの瞳って、赤色がきらきらして綺麗だよね。太陽みたいだ」
うっとりと細められた月光の視線が、オレの眼を覗きこむ。目のきわ、涙袋を親指でするりとなでられてくすぐったい。
ショーに使う機材の打合せで訪れた類の部屋。さきほどまで白熱していたショーバカたちの会話は一段落して、いまはふたり、ソファの上で寄り添って愛を囁きあっている。
今は類のターン。オレはただ目の前のとろけた瞳をじっと見つめて、紡がれる睦言に酔いしれていればいい。
いつからか類の提案で始まったこの「口説きあいっこ」は、みずからの恋心にすらどこか冷静で、人前ではかたくなに恋人関係を明かそうとしない類が思いのままオレへの好意を伝えるための免罪符になっているらしい。
オレとしては機会の制約などなく愛し愛されたいし、なんなら寧々やえむ、神高の友人知人にも高らかに交際を報告したいところではあるが。
それでもオレがこの現状を良しとするのは、ふだん知的な涼しさをまとう類が、このときばかりは、それまで押し隠していた熱で、言葉で、仕草で、オレを堕としにかかるから。
──ほら、また、静かに艶めくくちびるが、オレへの愛を形作る。
「こうやって見つめあう時間がいっとう幸せなんだよ。…いつものきみは、その眼をショーに、観客にむけてしまうだろう」
ちゅ、と軽い音をたてて頬にくちづけられる。
太陽に射ぬかれた月面がきろりと光る。
「でも、こうしている間だけは、僕のものだ」
同じように今はオレだけの類、さすが演出家は自分の魅せ方を心得ている。
言葉とおなじ独占欲を滲ませた男くさい笑みが格好よくて、びりびりと頭が痺れた。
ああ、こんなにもいじらしくて愛しい思惑を、どうして無碍にできようか。
「るい、今度はオレの番だ」
甘やかに逸りだした心のまま、頬にそえられていた類の手を絡めとって優しくこちらへ引き寄せた。─のだが。
「おや。そうはさせないよ」
類は悪戯っぽくほほえんで、あろうことか掴まれた手をオレのそれごと引き戻してしまったのだ。
「司くんは気づいてないかもしれないけれど、僕が口説いているあいだ、きみ、すごくかわいい表情(かお)してたんだよ?そうやすやすと主導権を譲るわけないじゃないか」
ふふ、と仄暗い笑い声もあわせ、耳に心地よいテノールボイスが吹きこまれる。おお、今のはけっこうドキッとしたぞ。しかしこちらもここで折れるわけにはいかない。
「ずるいじゃないか、類。オレだってお前を愛したい」
「ふふふ」
「なあ類。だめか?」
「必死だねえ」
つかまれた互いの腕をゆるやかにひっぱり合う。こうなったら、言葉じゃれつく水面下で、頑固者ふたり主導権の綱引きだ。
「必死にもなる。オレもかわいい類がみたい」
「司くんのそういうところもかわいいよねえ。僕に愛されて、我慢ならなくなってしまったのかい?」
類が挑発的に口角をつり上げる。
すり、空いていたほうの類の指先が、オレの指先をからかうように掠めていった。
「だけど、まだだめ。まだ司くんは、僕にささやかれて顔を赤くしてれば────っ!」
「るい」
饒舌な類の言葉が、きゅうと詰まって止まる。少々調子づきすぎてしまったようだから、こちらが実力行使に出たのだ。
つかんでいた類の手を離して、すばやくその肩を向こう側へ押しこむ。同時に薄い腹筋のあたりに乗り上げて重心を崩せば、類の身体はあっけなくソファに沈んだ。
急速に昂った恋情と征服欲で、腹の底が焼けつくように熱くなる。
仰向けになった類は、オレの反乱にもさほど驚いていないようだった。先ほどの挑戦的な笑みはなりを潜め、静かにこちらを見つめるその瞳に滲むのは、期待に裏付けられた恐怖か、わがままを満たされた恍惚か。
類もオレも、わかって演じていた展開だ。魔性の演出家は、目配せとほほ笑みだけで恋する憐れな男を御してみせた。
「…言うことを訊かない僕にはお仕置き?」
最後のひと言、これがこの舞台の予定調和。
うなじにひたと当てられた類の手のひらが熱くて、それが簡単に尾骨のほうまで伝播した。
「…そうだな」
ふわりと満足げに笑んだ類を腕で囲うように屈みこんで、
─────そのあと、舞台の結末を仔細に語るのは野暮というものだろう。