花を編む起きた時に感じるのは満たされた幸福感だった。
ぬるま湯に浸るような心地よい寝床で目を覚まして、一番に目に入るのが美しい夫の寝顔である事にも慣れてしまう程の時間が過ぎた。ゆっくりと藍忘機に体重をかけないように起き上がり、くわりと大きく欠伸をする。半蔀から差し込む光はまだぼやけていて、明朝というにも早い時間に魏無羨が毎日起きているだなんて、この世でただ一人を除いて誰も信じないだろう。藍家の家規で定められている卯の刻起床よりも早い、まだ草木も鳥も寝静まっている時間だ。もちろん時間に正確な魏無羨の美人な夫もまだ寝ている。
毎晩あんなに激しく魏無羨を苛んでいるとは思えない静謐な寝顔に、思わず頬が緩むのをおっといけないと押さえて、だらしなく寝崩した衣を更に肌蹴る。魏無羨は美しい夫の顔を何刻でも見ていられたが、今はそれよりもすべき事があるのだ。腕や胸、内腿まで、体のあちこちに咲いている花を摘んでいく。紅梅、蝋梅、山茶花、寒椿に芍薬、色とりどりに咲き乱れる花々は魏無羨が花生みである証であると同時に、昨晩藍忘機にたっぷりと水やりをされた証でもある。栄養過多になると、魏無羨の体は花を咲かせる事で消費するのだ。だから、毎朝、一つずつ丁寧に摘んでいく。
ふんわりと鼻をくすぐる香気は、花生みである魏無羨にはただの良い香りだけれど、花食みである藍忘機にはとんでもなく芳しく飢餓感を覚えさせる香りなのだという。欠伸を一つこぼし、乱れた髪を肩に流して、魏無羨は花を編んでいく。せっせと身体で咲き乱れる花を引き抜いて、茎を編み合わせ、蔓をしならせ、色とりどりに編み込んで行く。
片膝を立てて、未だに涙が滲む目を細めて、それでも手つきに淀みはない。
あっという間に出来上がっていく花冠に、最後の花を編み込む。徐々に明るくなっていく半蔀からの光が、滑らかな頬の輪郭を浮かび上がらせた。
遠くでゴーンと鐘が鳴る。卯の刻だ。
時間ぴったりにパチリと目を開けた藍湛の上に、出来上がった花冠を落とす。
「魏嬰……」
「おはよう、藍湛。夫の朝食を用意するなんて、何て俺は出来た夫だろう!」
片肘ついて、太ももの付け根まで肌蹴た内衣もそのままに、太陽の眩しさを纏った笑顔で覗き込む魏無羨を藍忘機は見開いた目で数拍見つめて、花も恥じらう笑みを浮かべた。
「おはよう、魏嬰」
重力を感じさせない動作で上半身を起こした藍忘機は、胸に落ちて来た花冠を片手で拾い、もう片袖で魏無羨を囲い込む。
「身体が冷えている」
氷雪の様な見た目に反して藍湛の身体は体温が高く、布団から出たばかりで暖かい空気をまとっている。
「ん、温めてくれる?」
「うん」
魏無羨を囲む暖かな空気にブルリと身体を震わせて、魏無羨は世界で一番安心できる腕の中で力を抜いた。全力で脱力しきって凭れかかってくる魏無羨に、藍忘機は嬉しそうに瞳を揺らす。
はふっと吐く息まで色づいているような空気の中、うっすら頬を染めた魏無羨は本来の目的を忘れてはいなかった。
「さぁ、俺の可愛い老公(旦那様)。早く俺の用意した朝ごはんを食べてくれ!」
「……」
いつもなら嗯と、魏無羨が渡す花よりも麗しい顔に笑みを浮かべてその小さな口で花冠を丁寧に食べるのに、今日の藍忘機は何かをためらうように口を開かない。こういう時、彼には何か言い淀むような願望があるのだ。それも、恥知らずな部類の。
「ん? なんだ、なんだ? 俺の可愛い白菜ちゃんは何をして欲しいんだ? ほら、藍湛、藍忘機、藍兄ちゃん? 俺に言えよ」
ぐりぐりと胸元を指先でいじりながら上目遣いに見上げた秀麗な顔は、耳たぶが赤くなっている。
「藍湛は俺には何をしたって良いんだぞ? ほら、言ってみろよ。藍兄ちゃん、なんだってしてやるぞ!」
いつまで経っても治らない魏無羨の悪癖に嗯と頷いた藍忘機はそっと、魏無羨が自身のために生み出した花冠を彼の頭に乗せた。
「……食べさせてくれる?」
「なぁんだ! そんな事か、この魏兄ちゃんに任せろ!」
腕の中で微笑む幸福に嗯と頷いて、藍忘機は品よく口を開いた。
「魏嬰を、食べさせて」
細い指先が唇まで持って来てくれる甘い花を食みながら、不埒は手は肉付きの良い魏無羨の尻を揉みしだいていた。
「んぁ、こら、藍兄ちゃん。朝から恥知らずだぞ」
咎める声の甘さは到底、藍忘機を制止するものではなかった。
「君には何をしても良いと、魏嬰、君が言った」
「確かに言ったさ! でも藍湛、今日は勤めがあるんじゃないのか⁉︎」
「今日は休みだ。君は本当に忘れっぽい」
「んぁ、……ぁっ、悪かったよ! もう。ほら、お口を開けて」
ぎゅむっと力の入った手にびくんと背筋をしならせて、魏無羨は頭上の花を手に取る。既に頬は染まり、口はだらしなく緩んでいた。ちっとも嫌がる素振りもなく、魏無羨は藍忘機の腕の中で艶やかに咲く。
「ほら、どっちの羨羨も美味しく食べてくれよ、藍湛」
「もちろん」
降ってくる口づけに目を細めて、齎される快感に溺れる。
きっと明日の朝も、魏無羨は花を編む。