産まれた時から、俺には所謂前世の記憶があった。
最初は朧気だった記憶も、徐々に年齢を重ねる毎に鮮明となっていった。
だから物心をが付いて母親に甘えている最中に、こいつが羂索である事に気付いて真顔になってしまった。
俺の突然の反応に、向こうも気付いたらしく俺の顔を見て笑う。
「おや、流石は宿儺の器だっただけあるね。悠仁、もしかして記憶持ちかい?」
「……脹相は?」
「脹相達は、今の私は関係ないよ。探したいなら、君が探しなよ」
楽しそうに笑っている羂索に、そうかよと悪態を付きながら返した。
それからはお互い適度な距離感を保って生活していき、俺は消防士になると決めてから家を出た。
父親は止めたが、どうしてもこれ以上は羂索とは生活が出来なかった。
あいつ、羂索がした事は、何一つとして許せていない。
育ててくれた恩はあるが、それとこれは別物だった。
父親には理由はやんわりと伝えて家を出てからは、消防士になっても戻ることははなかった。
それが、脹相を本格的に探すと決めた俺自身のケジメだった。
もし脹相が見付かった場合、絶対に羂索との縁は切っておいた方がいいだろう。
だから、家族としての縁も希薄にして徐々に切れるようにしておいた。
家を出てから直ぐに脹相を探したが、手掛かりすら見付からなかった。
そもそも今世は術式もないから、手探り状態で脹相を探す術しかない。
手探り状態で探していた時に、日車達には再会する事が出来た。
向こうも記憶があるらしく、俺を見た瞬間に目を逸らされた。
だから直ぐに日車だと分かったし、その後は二人で軽くカフェで話をした。
「彼を探しているのか?」
「うん。会いたいんだ、兄貴に」
脹相は前世では俺の兄で、俺を業火から守って死んだ。
沢山言いたい事があったけど、あいつがありがとうって言うから言えなかった。
「会ってどうするつもりだ」
「幸せなら、俺は遠くから兄貴を見守るよ。兄貴が幸せならそれでいいんだ」
自己満足ではあるが、前世の脹相は出生から色々と大変だった。
今世が幸せだったら、俺は名乗る事なく遠くから脹相の幸せを祈るつもりだ。
「お前の幸せは換算されていないな。怒られるんじゃないか、お兄さんに」
「俺はええんよ。前世で沢山人を殺したし」
「それを言うなら俺も同じだ。こちらも探してみる。何かあれば連絡するが」
「マジ?なら連絡先交換しようぜ!」
日車と連絡先を交換してから、カフェを後にした。
二人で手分けをして、脹相を探したが手掛かりすら掴めなかった。
「もしかして、まだ転生してないとか?」
一抹の不安が過ったが、俺も転生出来たのだから脹相もきっと出来ていると自分に言い聞かせる。
そんな風に自分に言い聞かせながら、消防士の仕事をこなしていく。
今日はアパート火災で、中に取り残された子供の救出を任されていた。
炎が身体を撫で、防火服であっても熱さは伝わってくる。
子供を火の海の中で探していると、リビングだと思われる場所に小さな人影を見付けた。
救助者発見の連絡をして、リビングの真ん中で蹲っている子供を抱き上げる。
炎に照らされたその顔を見て、俺は思わずこの場所が火災現場である事を忘れてしまった。
「……あに、き?」
ごうっと音を立て巻き上がる炎に、ハッとして子供を抱き締めたまま安全な場所へと走った。
命懸けであるのに、俺の表情は緩んでいたし不謹慎な顔付きをしていたと思う。
漸く、漸く見付けた脹相の姿。
「絶対に俺が助けるから」
きつく抱き締め、あの日とは違って兄貴を炎から守りながら俺は火災現場を走り抜けたのだった。
◆◆◆
火災から暫くして、俺は脹相と一緒に火葬場に来ていた。
行方不明だった脹相の父親は、生きて再会する事なく遺体となって再会する事となったのだ。
たまたま持っていた免許証から身元が判明して、脹相を引き取った俺の元へと連絡が来た。
脹相に最後に顔を見るか聞いたけど断られた上に、脹相が遺体の引き取りを拒否していた。
「……無縁仏でいいん?」
「あいつには、迷惑しか掛けられていない。それに、俺はあいつを供養する気もない」
そう言いきった脹相の意思を尊重して、けじめとして斎場には二人で行く事にした。
斎場の人がご遺体を火葬して、燃えきるまで別室で待機するようにと言われて二人で廊下を歩く。
「脹相。手繋がん?」
「ん」
長い廊下を渡り抜くと、和室に案内された。
靴を脱いで二人で和室に入って、置かれている卓袱台の側に座る。
脹相が周りを見回している間に、お茶を入れててやった。
あの日のアパート火災は、隣の部屋の人間の煙草の不始末が原因だと聞かされたのは数日後だった。
そして同時に脹相が、虐待を受けていた事も発覚して現場は大変だった。
幸せに生きているなら、遠くから見守る事にしたかった。
でも現実の脹相は、あれだけ愛した弟達も居らず、母親は病死で父親は帰ったり帰って来なかったりの繰り返しの家庭だった。
誰よりも幸せを願った相手が、不幸のどん底に生きている。
耐えられなくて、俺が引き取ると気付けば叫んでいた。
独身で男である俺が簡単に養子縁組も出来る訳もなく、日車に連絡して手を回して貰ったのだ。
色々と手続き関連や脹相の親父さんが残した借金や、その他諸々を日車と一緒に対応をした。
そして、めでたく脹相を引き取る事が出来たのが数週間前のこと。
手続きが終わるよりも前に、退院した脹相と一緒に暮らしてはいたが家族と言う括りではなかった。
「脹相、お茶煎れたから飲む?」
「あぁ」
一緒に暮らし始めた当初の脹相は、感情があまりなかった。
虐待もされていたし、何より俺を信用はしてくれていなかった。
少しでも手を出せば睨み付けるし、軽い暴言も吐かれた。
でもそんな脹相に俺は怒りとかではなく、愛おしさを感じて接していた。
前世の、渋谷事変後の時とは真逆の関係に、あの時の脹相もこんな感じだったのだろうと思いを馳せる。
ふぅふぅとお茶を冷ましてから飲む姿を微笑ましく見ていると、脹相が俺をじっと見つめ返す。
こんな時は、脹相が何か言いたい事を言うべきか悩んでいる時だ。
だから俺は何も言わずに、脹相が話し出すのを待つ。
「悠仁は……後悔してないか?」