毎日SS8/24 もしかして、これは友達と言ってもいいのではないだろうか。
椅子に座り、机に置いたスマートフォンを手に取る。
そのまま、スマートフォンのロックを解除し、メッセージアプリを開いた。ホーム画面の友だちリストに新しい名前を見つけ、意味もなくアイコンをタップする。
プロフィールが表示され、画面下部のトークを開く。連絡先を交換した時に、確認のため送られたスタンプと、モリヒトが送った挨拶文が残っていた。
当然、ニコとカンシの連絡先は知っている。クラスのグループラインにも参加した。それでも、企業の公式アカウント以外の連絡先は少ない。
「真神……圭護くん、か」
一昨日、突然声を掛けられた。モリヒトのクラスメイトはノリがいい。入学早々に、自分は鬼だと明かしても、距離を置くことなく話し掛けてくれる。
もちろん、それは喜ばしいことだが、日常生活においては普通の男子高校生と変わらないモリヒトに、『鬼』であることを前提とした会話をされるのが、あまり好きではなかった。かといって、全く話しかけられないのも寂しい。
真神圭護。休み時間は自分の席に突っ伏して、音楽を聴いているような奴だ。他の誰かと話しているところを見たことがないから、一人が好きなタイプなのだろう。
彼が話していた映画監督は誰だったっけ。ふと気になったが、それを聞いていいものなのか、スマートフォンを手にしたまま悩んでいた。
一昨日声を掛けられたばかりだ。昨日も、休み時間に話をした。そして今日、連絡先を交換した。
クラスのグループラインから連絡先を見ることは出来るが、これは正真正銘、モリヒトが手に入れたアドレスだ。何故か、特別なものに思える。
移動教室のない休み時間。隣の席のニコはクラスメイトの席で談笑していた。
教室内にいるなら護衛の必要もないだろう。時折ニコの方を気にかけながら、次の教科の準備をしようと、机の中を覗く。
「乙木くんって、映画とか、好きでしょ」
「あ、えーと、」
「真神圭護」
「ああ、ごめん真神くん」
いつの間にかケイゴが前に立っていた。クラスにはだいぶ馴染んだが、未だ全員の名前を覚えられていない。
ニコの周りに集まるクラスメイトはすぐに覚えたが、ケイゴはそういったやり取りとは無縁だった。ニコの魔法にも興味はなさそうだ。
「この間読んでた本、オレも好きな作家だったからさ。ほら、あの作者って巻末でめっちゃくちゃ映画の話するじゃん?あの本読んでる奴って映画好きって印象あってさ……」
意外と喋る。第一印象はそれに尽きる。
「ああ、確かに映画は好きだな」
「どんな映画観るの?」
「洋画から邦画まで、結構幅広く観るぞ」
思えば、そんな話を誰かとしたことはない。ケイゴは飄々とした態度で、モリヒトの前の席に座った。
「スカルスキー監督って知ってる?」
「いや、初耳だ」
「マジか。今オレの中で一番熱い監督なんだけど」
「へぇ」
別段話が面白いわけではない。早口でつらつらと捲し立てるような喋り方は、正直つまらない部類に入る。
「それならオレのおすすめはこれだな」
「あー、名前だけ知ってる」
「ストーリーや演出もいいが、曲がまたすごくいいんだ」
それなのに、なぜか会話が弾む。長い前髪のせいで、一見暗そうな印象を受けるが、実際はそうでもないらしく、意外なほど目が合った。
「あっ、もうチャイム鳴るね」
「む、すっかり話し込んでしまったな」
戻ってきた元の住人にどもりながら席を返し、何事もなかったかのように自分の席へ戻っていく。
姿勢の良い後ろ姿を眺め、出し損ねていた教科書を机の上に並べた。
「あれ?なんかモイちゃん機嫌いい?」
「別にいつも通りだが」
モリヒトは感情が表に出にくい。チャイムと同時に隣へ戻ってきたニコが、モリヒトを確認するなりそう言った。
「うーん、確かにいつも通りなのよ」
「だから言っただろう。ほら、先生来るぞ」
モリヒトの方に体を向け、上から下までじろじろと見つめるニコを片手で追払い、前を向いた。
女同士の秘密があるなら、これは男同士の秘密だ。