毎日SS8/15 福引で、アイスの引換券を当てた。せっかくだから今引き換えて帰ろう、とエコバッグを提げたまま店に寄る。
「アイス久しぶりだなぁ。何味にする?」
引き換えられるのは二種類のアイスだ。ショーケースに並ぶ色とりどりのアイスを一つずつ見比べながら、モリヒトを振り返った。
「好きなのをふたつ選べばいいじゃないか」
もともと、ケイゴが集めた福引券で当てた景品なのだから、モリヒトに聞く必要はない。
「だって二種類選べるんだよ?」
「それはお前のだろう」
店員に引換券を渡す。アイスの器としてカップを選択した。コーンの方が最後まで食べられて得だが、食べにくい。
「えっ、半分こするんじゃないの?」
「オレは別にいらん」
どうしてそういう発想になるんだ、とケースから離れた位置に立ったままケイゴに返した。
いいから、と手招きされ、仕方なく隣に寄る。ちらりと眺めたショーケースの中には、スーパーでは売っていないようなフレイバーが揃っていた。
「やっぱチョコミントかなぁ。でも普通に買えなくもないし、限定のにするべきか……」
試食のスプーンを握ったまま、口に手を当て考え込む。だから自分で二種類選べばいいじゃないか、と思ったが、そもそも二種類に絞りきれていないらしい。
「何で悩んでるんだ」
「チョコミントと、夏季限定のシャーベットとナッツのやつ」
「多いな」
「魅力的な選択肢が多すぎるんだよ。あっ、これも美味しそう」
入店時は他に客はいなかったが、今は後ろに人が並び出した。注文を待つ店員も、ケイゴの優柔不断さに戸惑っているように見えた。
「後ろ並んでるぞ」
「えっ、じゃあこれとこれ……」
よほど考え込んでいたのか、後ろの列には気付いていなかったようだ。ケイゴが慌てて注文をする。
「すみません、それと別に、このナッツのやつとコーヒーを……あ、カップで」
「モリヒト⁉︎」
ケイゴに重ねるように注文した。レジでお待ちください、と促され、ケイゴの腰を引いてレジ前に移動する。
「半分やる」
会計を終え、アイスの入ったカップを持って椅子に座った。四種類の味がテーブルの上に揃う。
「いや、モリヒトが食べなよ?」
「ひとくちでいい」
結局、ケイゴはチョコミントと夏季限定のシャーベットを選んだ。自分のカップごと差し出すモリヒトに、笑いながらカップを押し返した。
「オレがひとくちでいいよ」
こっちも食べていいから、とモリヒトのカップと位置を入れ替え、中身のなくなったスプーンでコーヒー味のアイスをすくう。
「あ、これ美味い」
「そうか?もっと食っていいぞ」
「そんなにいっぱいはいらないよ」
モリヒトの前にカップを戻し、自分のものと引き換える。しかし、なおもモリヒトはケイゴの前にアイスを置き、空になったスプーンを長い指に納めていた。
「モリヒトも食べなよ。早くしないと溶けるよ」
「食べてる」
ケイゴのアイスが順調に減っているのに対し、モリヒトのアイスは表面が溶けはじめていた。やせたクリームにナッツが浮く。
「ケイゴ」
「なに?んっ……!」
黙々とアイスを食べていたケイゴの名前を呼ぶ。顔を上げ、正面に座ったモリヒトを見た瞬間、口の中にスプーンを突っ込まれた。
ごくん。口の中にコーヒーの風味が広がる。溶けたナッツアイスのクリームと混ざり、濃厚な味わいが増した。
「ちょっと、モリヒト、」
「美味いんだろ?」
「美味しいけど……」
頬が熱くなる。アイスの味は、わからなくなってしまった。
「こっちも食べなよ」
シャーベットをすくい、モリヒトにスプーンを差し出す。
「いや、オレはいい」
「なんで⁉︎」
「恥ずかしいだろ」
「今さっきオレの口にスプーン突っ込んだよね?」
「突っ込んだとか大きな声で言うな恥ずかしい奴だな」
「モリヒトの羞恥心どうなってんの⁉︎」
ちょっとした仕返しのつもりだったのに、スプーンを持つ手が震える。引っ込めるに引っ込められなくなったスプーンの上でアイスが溶け、今にもこぼれそうだ。
「早くしないと溶けるぞ」
「わかってるよぉ」
差し出した手を引こうとして、掴まれる。
モリヒトが体を前に出し、スプーンを口に入れた。
「も、モリヒト⁉︎」
「結構さっぱりしてるな」
さらっとしたフルーツの甘さを飲み込み、溶けたアイスからナッツをすくった。柔らかくなったナッツを噛む。
「それ食べたら帰るぞ」
「う……うん」
もともと、夕飯の買い物のついでだ。時間に余裕はあるが、生鮮食品は早めに冷蔵庫へ入れたい。
それから、特に会話もなくアイスを食べ進めた。モリヒトに掴まれた手首が熱い。
溶けた二つの味を混ぜ、半分液体になったアイスをスプーンですくう。
「甘いな」
ぽつりと呟いたモリヒトの頬が赤く染まっていることは、残りのアイスを黙々と食べ進めるケイゴからは見えなかった。