本音が出る薬「は?まじ帰れよ、忙しいんだよ俺は……」
「おー!あの薬ホンモノだったんだ!」
口にした言葉に微塵も似合わない拍手の音が聞こえる。
状況が全く理解出来ないが、とりあえず俺はこのクソ兄弟の罠にまんまと引っかかったらしい。
てか今俺何言った…?普段はどんなにイラついても貼り付けた笑顔と持ち前のトークスキルで切り抜けてきたというのに。
いや、ただ1人それが通用しない男もいるわけだが。
「ねー副所長ー!俺のことどう思いますー?」
「ずるーい!俺も俺も!」
「あーもう鬱陶しい!なんでもいいから!どっかいけよぉ…」
常に媚びへつらう言葉を次々と並べる七種茨自慢の口も、なぜか今は思うように機能しない。
こんな口調なんて久しぶりだ。あの施設にいた時ぶりか…?と脳の冷静な部分で考える。
心做しか身体まであの頃に戻ったような感覚だ。いや、実際は健全な18歳男子のガタイのままなのだが。
「はははっ副所長おもしろーい!そうだゆうたくん、他に誰か呼びに行こーよ!」
「さんせーい!」
「おいっ!ちょ…まっ…」
立ち位置やら徹夜明けやらの条件が重なり、無駄にすばしっこい例の双子を止める術は自分にはなかった。
1人残された室内で茨は頭を抱えていた。
このままではあの双子が連れてくる人によっては薬?の効果から大事故を引き起こしかねない。
この状況下での改善策…
うん。帰ろう。
すぐさま頭の中に社内で人通りの少ない通路をかき集め、寮までの他人との対面を最小限に減らしたルートを構築する。
よし、いける。
意気込んで握ったドアノブはいつもの比にならないくらい軽かった。……ん、軽い……?
「茨ッ………おや?」
「ゆ、弓弦………」
緊急事態。頭の中でサイレンがけたたましく鳴り響く。
こいつには1番会いたくなかった。
「ほらほら〜入った入った!」
「お2人って幼なじみなんですよね?副所長、再会に感極まって昔の話し方に戻っちゃうかも〜☆」
そういう魂胆か。俺をおもちゃ扱いしやがって……
双子の方を睨みつけるが、多分上手く睨めてないだろう。
すぐ目の前に立つ弓弦が口を開く。
「茨、体調がすこぶる悪いとお聞きしましたが…」
「だっ、大丈夫だから…ほんと帰って……」
薬の効果を必死に抑えて言葉を絞り出す。油断したら出てはいけない言葉がこぼれ落ちてしまいそう。
…それが何かと言われればはっきりとしないが。
「そうは言われましても…本当に具合悪そうでは……?」
……………
双子が弓弦の両脇に絡みついている。その状況が妙に気に入らない。深く考えるより先に身体が動く。
気付いたら双子を弓弦から引き剥がしにかかっていた。
「…っ弓弦は俺のなの!そんなにベタベタすんなよぉ…」
「いや、貴方のものになった覚えは…むぐっ」
「え〜、でも伏見先輩やさしいし〜」
「許してくれますよね?僕たち仲良しなんで!」
「は、はあ…」
嫌だ、嫌だ。今まで感じたことのないドロドロとした感情で埋め尽くされる。
こんなの知らない。こんな感情、俺ののわけがない。
現に今まで、姿を現さなかったじゃないか。
例の薬とやらの効果は知らないが、それは自分の感情まで歪めてしまうものなのか……?
………………………
「弓弦が優しいの俺にだけだと思ってたのに、お前、誰にでも優しいし…再会したら『ぼっちゃま』のことしか頭になくて俺のことなんか全然みてくれないし!そりゃあ数年間しか一緒にいなかったから、お前にとって俺は大勢の内の1人かもしれないけどさ…!俺だけがこんなに意識してんのバカみたいじゃん…」
溢れる。止まらない。バレる。隠してたのに。
「うわぁ…だいぶ拗らせてるとは思ってたけどまさかここまでとは…」
「これはかなり重症…?」
双子が小声で何か話してる気がするがそんなのどうでもいい。それよりこのダムが決壊したみたいに言葉が溢れ出す口を今すぐにでも縫い付けてしまいたい。
………………………
気持ち通じ合ってから
弓弦、茨の本心が分からなくなり、双子に本音を出す薬をもらう(どこから入手したかは教えてくれなかった)→茨に飲ませる
無抵抗の茨にこんな薬を飲ませて、罪悪感がないわけではない。
「んえ…ゆづる……?」
「はい。弓弦ですよ。」
茨は一瞬朦朧としたようだったが、徐々に意識を取り戻していった。
「…弓弦、ちゅー」
「い、茨…?」
「だから!ちゅー」
「は、はい…ちゅー…?」
茨の口から「ちゅー」という単語が出たことに驚きを隠せない。こんなラブラブ丸出しのバカップルのようなことを茨がしたがるなんて普段からは想像もつかなかったことだ。というか、本音を出す薬の効果なのだから、これは茨の望むこと…だと捉えていいのか?
「んっ…ちゅ……」
ちゅっちゅっ…という日頃耳馴染みのない音が部屋中に響く。
触れるだけのキス。それだけなのにとてもきもちいい。
そういえば茨からキスを求められたことなんてなかった。いつもはこちらから少々強引にキスをするばかりだったような…。
弓弦は茨の頭を撫でた。
いつもは「子供扱いすんな!」と思い切り手を払われるこの行為。でも、
「んん…」
茨は気持ち良さそうにこちらに身を預けてきた。それのみか、茨の方からわたくしの手に頭を擦り付けてきた。
予想外も予想外の反応に、弓弦の頭は沸騰寸前だった。